富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」は、ついに年間1000万台販売するお化け商品に成長した(記者撮影)

シャッターを押すと、「ウィーン…」という音とともに10秒ほどで白いフィルムが出てくる。フィルムには撮影した画像がじわじわと浮かんでくる。富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」の使用光景だ。
そのチェキの年間販売台数がついに1000万台の大台を超えた。2018年4月から2019年3月までの期間に1002万台を販売。1998年の発売開始以降、ちょうど20周年という節目の年でもあった。20年間の売上累計は約4400万台で、4分の1近くを2018年度の1年間で売った計算になる。

「カメラ市場の縮小」が止まらない

チェキの売上は伸びている。5月8日に発表された同社の2019年3月期決算で、イメージングソリューション部門の売上高は前期比1%増の3869億円、営業利益は同8.4%減の511億円だった。チェキは同部門の売上高のうち3分の1程度を占めるとされ、同部門の重要な稼ぎ頭のひとつだ。
カメラ市場は「想像以上のスピード」(業界関係者)で縮小しており、キヤノンやニコンなど大手カメラメーカーの業績は苦しい。キヤノンは2019年12月期の売上高予想を従来予想から500億円下方修正。ニコンの2019年3月期決算は、カメラの販売不振で映像事業は前期比18%の減収となった。
背景にあるのはやはりスマートフォンだ。スマホで手軽に写真を撮れるため、わざわざカメラという別の機械を持ち運ぶ必要性を多くの人は感じていない。各社は小型軽量化しやすいミラーレスカメラを相次ぎ投入。カメラメーカーならではの画質の良さなどを訴求しているが、市場縮小を食い止められていない。
では、カメラ市場に吹く逆風の中で、フィルムを使って撮り直しもできないインスタントカメラが人気を博しているのはなぜか。富士フイルムのイメージング事業部インスタント事業グループの高井隆一郎マネージャーは「スマホで写真を撮って画像データをやりとりするだけの人たちにとって、シャッターを押して、フィルムが出てくるということが逆に新しい体験となっている」と背景を説明する。
実際、チェキの販売台数はiPhoneが発売された2007年を契機に増加傾向に転じており、スマホと競合することなく販売台数を伸ばしていったことがわかる。「スマホやSNSで写真をやり取りするのが当たり前の中で、フィルムとその質感が特別感を与えている」(高井氏)。
チェキは撮影後、すぐに写真が出てくるので、イベントなどでその瞬間の思いをメッセージとして書き込んで残せるコミュニケーションツールとしても使える。
チェキの販売台数の約9割は海外だ。主に欧米で売れているが、中国やインドなどの新興国でも販売台数は急激に増加している。富士フイルム社内では、日本で使われている「チェキ」という愛称ではなく、海外で商品名として使われているインスタント写真システム「instax(インスタックス)」の名前で呼ばれている。

韓国の恋愛ドラマを機に再びブレーク

そもそもチェキが登場した20年前はデジカメの本格普及前で、現像なしに撮影してすぐ写真ができるというインスタントカメラ自体に価値があった。需要も堅調で、2002年度は年間100万台の売り上げを達成。ところが、デジタルカメラやカメラ付携帯電話が普及すると需要が落ち込み、最初のブームは去った。2004年度~2006年度は年間10万台程度しか売れなくなっていた。
転機となったのは2007年。韓国の恋愛ドラマでチェキが使用され、現地で話題となったのだ。韓国にある販売会社には問い合わせが殺到し、思い出や記念作り、一瞬一瞬を楽しむコミュニケーションアイテムとしてアジアを中心にプロモーションを行い、2度目のブームを迎えた。2011年度に127万台にまで伸びた。

アメリカの女性歌手、テイラー・スウィフトさんもチェキを愛好している(写真:富士フイルム)
2012年には「世界一かわいいカメラ」として「mini 8」を発売。もともとコアターゲットとしていた10代の女性を意識した商品展開の強化に加えて、欧米でも積極的に販促活動を実施した。販路も従来のカメラ店や家電量販店以外に雑貨店などにも広げ、販売台数は急激に伸びている。
SNSとの親和性も強みとなっている。チェキを携行し、撮影している姿やチェキで撮った写真をスマホで撮影してSNSにアップすることが流行している。アメリカの女性歌手テイラー・スウィフトさんのようなインフルエンサーにもチェキの愛好者がいて、インスタグラムなどではチェキがたびたび登場。新たなチェキファンの獲得につながる好循環が生み出されている。
富士フイルムは2018年5月からテイラー・スウィフトさんをプロモーションに起用している。高井氏は「彼女に新製品を渡したら、まったく説明していないのに一人で準備して楽しみ始めていて、本当に好きなのだと実感した」と振り返る。2018年度の当初の販売計画は900万台だったが、テイラー効果もあって1000万台超えにつながる3回目のブームが到来した。「本当にチェキが好きなテイラーを起用したことで、宣伝ではない自然なプロモーションになった」(高井氏)。
1000万台超えは積極的なプロモーションやテイラー効果だけではなく、コアターゲットの10代女性以外の人たちにも受け入れやすいデザインや機能性も寄与した。「大人のチェキ」として落ち着いたデザインにした「mini 90」や、プリント出力前に画像の確認や編集も可能にしたチェキなども投入している。

コンセプトは「簡単で、シンプルに」

高井氏は「チェキのコンセプトは『簡単で、シンプルに』。これを壊さずに、男性や高齢者などそれぞれの人たちの嗜好に合ったラインナップを増やしたことでユーザーの裾野が広がった」と1000万台超えのもう1つの背景を説明する。ミニオンやハローキティなどのキャラクターやテイラー・スウィフトとコラボしたチェキも出ている。

チェキ本体の価格8000円~3万円程度(記者撮影)
チェキ本体の価格は8000円~3万円程度。ラインナップが増え続けているので新機種を買い足す人も多い。またチェキ用の10枚入りフィルムを1000円前後で販売しており、安定した収益が見込める。チェキに使用されるインスタント用フィルムは直接写真になるため、フィルムに現像技術やプリント技術が詰め込まれた富士フイルム本来の技術の結晶。他社に容易に真似されない参入障壁が高い商品だ。
チェキは祖業のフィルム事業で生き残っている稼ぎ頭でもある。フィルムが必需ではなくなったデジタル時代で、一番の自慢技術をアピールし続けられる。富士フイルムの写真に対する思いがチェキには込められている。