3月期決算企業のトップを切って、トヨタ自動車が6月13日、愛知県豊田市の本社で定時株主総会を開いた。
「自動車産業は100年に一度の大変革期を迎えている。将来のモビリティ社会を株主の皆様とともに築いていきたい」
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豊田章男社長が総会の冒頭で述べた言葉は昨年とほぼ同じだったが、「自動車会社からモビリティカンパニーへの変革」を急ぐ豊田社長のぶれない意志を感じさせた。
「売上高30兆円は社内で話題にならなかった」
出席株主は5546人(昨年は5258人)と、6年連続で過去最多を更新した。総会の開始は午前10時だが、本社の正面入口には2時間以上も前から多くの株主を乗せたバスが次々と近隣の駅から到着し、メイン会場には入りきれずに第2、第3会場も使った。総会時間は昨年より9分短い1時間49分。恒例のお土産は昨年、21年ぶりにフルモデルチェンジして発売された国内専用の最上級モデル「センチュリー」のミニカーだった。
トヨタの2019年3月期の連結決算(米国会計基準)は、売上高が前期比2.9%増の30兆2256億円。日本企業として初めての30兆円超えを達成し、営業利益も同2.8%増の2兆4675億円だった。米中貿易摩擦や中国経済の減速、原材料価格の上昇など逆風が吹く中、グループの世界販売台数を1060万台(ダイハツと日野自動車を含む)と前期比で16万台伸ばしたことや、お家芸の原価低減の積み上げが奏功した。
売上高30兆円超えについて、豊田社長は顧客や株主、販売店や取引先といったステークホルダーに謝意を示した上で、「トヨタ社内で売上高30兆円を狙おうといったことは一切話題にならなかった」と話した。「私たちのすべきことは1人ひとりの顧客と向き合い、もっといい車を作る。売上高はその結果であるという価値観がトヨタの中で少しずつ定着してきた証ではないかと思う。もっといい車を作りたいという軸だけはぶらさず、今後も進めていく」と謙虚な姿勢を見せた。
総会で質問に立った株主は12人だった。合計18つの質問が出され、車両の電動化から国内販売の活性化策、配当性向など多岐にわたった。今年の総会で質問が集中したのは、相次ぐ高齢者の交通事故対策だ。
ある株主の男性は「事故のニュースを見ると頻繁にプリウスが登場するので心配になっている。運転する人のミスだと思うが、プリウスは大丈夫でしょうか?」と尋ねた。今年4月に東京・池袋で88歳の男性が運転する乗用車が暴走して歩行者などを次々にはね、自転車に乗っていた母子が死亡し、10人が重軽傷を負った。事故を起こした乗用車はトヨタのハイブリッド車「プリウス」だった。
吉田守孝副社長は「トヨタはお客様の安全・安心を第一に厳しい基準で厳しい評価を行い、世の中に車を出している。プリウスの個々の事故については警察の捜査に全面的に協力している」と答えた。そのうえで「プリウスは環境車ということもあり、年配のお客様を中心に大変多くのお客様にご愛用頂いている」として、販売台数が多いゆえに事故が際立って見えるとの見解を示した。
先進安全装備のついていない車がまだ多い
この株主からは「運転者がミスをしてもケガをさせない、きちんと車が停まってくれるような安心して乗れる車の技術開発はどこまで進んでいるのか」という質問も出た。吉田副社長はトヨタが現在普及に力を入れる2つの安全装備を説明した。
1つ目の「トヨタセーフティセンス」は一般道で車や歩行者、自転車を検知して危険だと判断した場合に自動でブレーキをかける。2つ目の「インテリジェントクリアランスソナー」は、駐車場に障害物があって、ドライバーがアクセルとブレーキのペダルを踏み間違えたり、アクセルを踏みすぎたりして危険だと判断した時に自動でブレーキをかける。
吉田副社長は「この2つのシステムの普及を進めていて、実際に事故低減効果も出ている。しかし、実際に起きている事故はこういった先進のシステムがついていない車が大変多い」とも話す。トヨタセーフティセンスを搭載した車の出荷台数は国内では2018年末に累計300万台に達したが、トヨタの国内乗用車保有台数(登録車のみ、2018年3月末現在)は1870万台もある。保有年数が長期化する中、市場に出回る古い車両の安全対策をどうするかは大きな社会課題ともいえる。
トヨタも手をこまぬいているわけではない。豊田社長は自身が会長を務める日本自動車工業会の今年5月の会見で「新車に(安全装備を)装着しても普及するには時間がかかる。特に高齢者であれば年金受給に入った方が多く、ノットアフォーダブル(手軽に購入できない)という現実がある。今持っている車にどう安全装備を付けていくか」と後付け装置の重要性を指摘した。
こうした考えから、トヨタも後付けの踏み間違い加速抑制装置を2018年末に発売。超音波センサーで前方あるいは後方にある壁などの障害物を検知し、アクセルをブレーキと間違えて強く踏み込んだ際、加速を抑制して衝突被害を軽減する。後退時は障害物がなくても速度が出過ぎないように加速を抑制する。ただ、インテリジェントクリアランスソナーのようにブレーキ制御は行われない。価格は税込み5万5080円(取付費など諸費用含まず)。当初はプリウスやアクアなど5車種が対象だったが、2019年内に12車種にまで順次拡大する。対象台数は合計で約458万台になるという。
豊田社長は「実現しないといけないのは交通事故死傷者ゼロの世界だ。自動運転をはじめとする先進技術の開発に取り組んでいるのもそのためだ」と真剣な面持ちで語った。
トヨタでそうした先進技術の開発を担当しているのは、人工知能(AI)研究を行う米子会社トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)だ。2016年1月にTRIのCEOに就任し、トヨタでは副社長格のポストとして新設したフェローでもあるギル・プラット氏は「現在何百人もの世界トップクラスのAI研究者が日米で『ガーディアン』と呼ばれる技術を開発している。悲惨な事故を予防するだけでなく、安全な運転ができなくなった高齢者のモビリティの自由も確保したい」と話した。
TRIが開発中のガーディアンは、各種のセンサーなどでドライバーの状況を観察し、危険な状況では運転を代わることで事故を防ぐ。トヨタはこの技術を外部にも提供する方針で、プラット氏が初めて株主総会で登壇したのも、トヨタとして先進技術の開発に取り組んでいることを広くアピールする狙いがあったようだ。
豊田社長の後継者に関する質問も
トヨタはモビリティカンパニーへの変革を掲げ、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる新領域に全方位で取り組んでいる。豊田社長は「モビリティカンパニーに向けたフルモデルチェンジは自分の在任期間ではできない」と言い切り、むしろ、企業風土改革に強いこだわりを見せる。企業規模が大きくなり、好業績も出す中、慢心が社内に広がることを何よりも恐れる。
豊田章男社長は株主総会でトヨタの企業風土改革を社長在任中にやり切る覚悟を強調した(写真は5月8日の決算会見のもの、撮影:風間仁一郎)
今月で社長に就任して10年となった豊田社長だが、リーマンショック直後の赤字から会社を回復させ、アメリカにおける品質問題や東日本大震災など難局を乗り越えてきた。総会では「次の社長はどんな人か」という後継者に関する質問も株主から飛び出した。
豊田社長は「豊田という姓があろうがなかろうが、誰が社長になっても大切なことは創業の原点を見失わず、未来の“ベター”につながることを、年輪を刻むかのごとく積み重ねていくことだと思う」と述べるにとどまった。
業績面で見れば日本車メーカーではもはや独り勝ちのトヨタ。株主総会の運営はいたって安定していて、余裕すら感じさせた。ただ、友山茂樹副社長が「これから10年が正念場」と話した通り、トヨタの変革はまだ緒に就いたばかりだ。自動車業界を取り巻く環境が激変する中、豊田社長はこれまでまいた変革の種をどのくらい咲かせることができるだろうか。
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