老後を赤字にしない三原則とは(※写真はイメージ)

賢者が選ぶ「年金術」(1/2)

 年金で、賢者の誰もが口にするのは老後生活を赤字にしないこと。それを実現するには、どうすべきか。年金を貰う上でのちょっとした知恵と工夫、正しい情報を知るか否かが重要だ。「錬金術」ならぬ「年金術」をお届けしたい。
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 11月30日と聞いて、「年金の日」と即答できる人はほとんどいないはずだ。
 なんでもコレ、厚労省が4年前から始めたキャンペーンの一環で、11(イイ)30(ミライ)という語呂合わせで決まったんだとか。
〈国民お一人お一人、「ねんきんネット」等を活用しながら、高齢期の生活設計に思いを巡らす日〉(厚労省ホームページ)
 なんてお役所は言うけれど、自らの老後を考えてみたところで、年金は仕組みの複雑さが立ちはだかって、本当に損をせずキチンと貰えるのかよく分からない。“イイ、ミライ”などと茶化されては、不安が募るばかりであろう。
老後を赤字にしない三原則とは(※写真はイメージ)
 これらの疑問に応えるべく、本誌(「週刊新潮」)はこれまで定年後の「年金生活」で知っておくべき情報をお届けしてきた。そこで導かれた結論は、年金受給は70歳まで繰り下げて、定年後も働くという方法だ。
 簡単に振り返ると、原則公的年金は60歳から70歳までの間なら、好きなタイミングで受給を開始できる。
 20歳から60歳まで国民年金の保険料を納めた場合、通常の開始年齢となる65歳からの年額は77万9300円だが、70歳からの繰り下げ受給をすれば年110万6606円。42%も得をする。逆に60歳からの繰り上げ受給だと、54万5510円で30%も損をしてしまうのである。
公的年金とDCのしくみ

赤字生活にならないための三原則

 年金制度や資産運用に詳しい、特定社会保険労務士の稲毛由佳氏が解説する。
「財源不足に悩む政府は、支給年齢を後ろ倒しにしたいという意向があってお餅をぶら下げているわけですが、本当に皆が繰り下げ受給を始めたら、国にとっては正直赤字ですよ。70歳まで繰り下げれば42%の増額。1年繰り下げるだけで8・4%というすごい利率ですから、利用しない手はない。年金は一度でも蛇口を太くしてしまえば、それが死ぬまで変わらず貰える仕組み。今後は貰える額が数百円単位で下がる可能性が高いとはいえ、いきなり明日から1割減らしますなんてことは起こらないですから、まだ働けるという方なら、できる限りの繰り下げ受給をお勧めします」
確定拠出年金(iDeCo)のしくみ
 となれば、サラリーマンなら定年後、受給開始までの再雇用や再就職が勝負になる。厚労省の統計でも、男性は4人に1人、女性なら2人に1人が90歳まで生きる時代だ。
 そこで今回は老後の生活に必要なお金の話。賢く増やす「年金術」を一挙に紹介してみよう。
「一般世帯が定年後の生活を送るためには、繰り下げ受給、70歳までの就労、年金を増やす仕組みの活用。この三原則を実践すれば、赤字生活にはなりません」
 とは、『100歳までお金に苦労しない定年夫婦になる!』の著者で、ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士の井戸美枝氏だ。
「老後に備える上で大切なのは、医療や介護にかかる費用を用意しておくこと。大抵の夫婦は奥さんの方が長生きしますよね。実は、夫が亡くなり妻が一人になる“おひとりさま”の期間と、医療費・介護費が必要になる時期は被っていることが多いんです。人間は亡くなる前の1カ月間で一生にかかる医療費の半分を使う、というデータもありますが、私の試算では医療と介護に必要な老後のお金は1人あたり最低800万円。その金額を貯蓄としてキープしつつ生活していくことをベースに考えればいいと思います。夫婦なら夫の年金を先に貰って妻の年金を繰り下げたり、iDeCo(イデコ)などの確定拠出年金(DC)で積立運用しておけば、老後の手取りを確実に増やすことができる。ストックとフロー、両方の対策が必要です」

金額が全額控除

 掲載の表を見ながら、年金と話題のイデコなどのDCについてしっかり整理しておきたい。
 我々が貰うことのできる年金を、3階建ての建物に例えて考えてみる。まず基礎となる1階部分が国民年金、2階が会社員・公務員であれば厚生年金、自営業者なら国民年金基金で、3階にあたるのが確定拠出年金(DC)である。
 ファイナンシャルプランナーの深野康彦氏が言う。
「1階部分と2階部分の公的年金に上乗せする形で選択できるのが、税制優遇が手厚いDCです。いわば私的年金と呼ばれるもので、個人が任意で加入する個人型DC(イデコ)と、勤め先の企業が運営する企業型DCがあります。二つとも加入者が投資信託などの金融商品の中から選んで運用し、成績次第で受け取れる年金額が変わってきますが、原則、掛け金は全額が所得控除の対象で税金が安くなりますし、運用で生じた利益は非課税、それを受け取る際も条件を満たせば税の控除を受けられますので、効率的に老後資金を増やせます。掛け金には上限があって個人型では属性に応じて月1万2千円から6万8千円、企業型は企業年金の有無により月2万7500円から月5万5千円です。また加入資格も共に60歳までと制限があります」
 企業年金のないサラリーマンや、退職金が出ないパートを生業にしている方だと、イデコなどを活用しなければ、満足な老後資金を貯めることは難しいと、井戸氏が話を継ぐ。
「ただし、イデコと企業型DCは原則どちらか一つしか加入することができません。企業型DCは企業が掛け金を毎月積み立て、従業員が自分で年金資産の運用を行う制度です。自分で運営管理機関(国の認可を受けた金融機関)を比較する手間が省けますが、裏を返せば自分で信託報酬や運用成績を比べて、より良いものを選ぶことができないこともあるのです」
 自ら個人型DC、イデコを選択する際は、銀行、証券・保険会社などで口座を開くことになる。元本保証を謳う商品も多いが、金利と手数料のバランスを見極めることも重要である。
 なぜなら、DCの加入者は全員が国民年金基金連合会などに一律、年間約2千円の手数料を徴収される決まり。そのため利回りが1%未満だと税控除の恩恵を受けられても、結果的に積み立てた資産が目減りしてしまう可能性があるのだ。
 さらに加入する時期にも注意すべきとは井戸氏で、
「イデコの場合、運用自体は70歳まで可能なのですが、60歳以上は、掛け金を拠出できない上に、手数料を払い続ける必要があるのです。イデコの拠出限度額は年額27万6千円まで(企業年金のない会社員)と決まっているので、5年間加入しても140万円までしか運用できない。ですから、老後の生活費をたくさん増やすためには、遅くとも50代前半の“プレ定年”に達する時期までに、加入した方がお得です」
(2)へつづく
「週刊新潮」2018年11月22日号 掲載