未払い残業代の支払いを求める訴訟を提起する際、原告の代理人弁護士は付加金の請求も合わせて行うことが実務上は一般的です。しかし、統計があるわけではありませんが、付加金の支払いまでを認める判決が出ることはあまりありません。仮に付加金の支払いが容認された場合でも、付加金の額は未払い残業代の3割程度にとどまることもあります。未払い残業代と同額の付加金の支払いを命ずる判決が下る場合は、裁判所は極めて悪質性が高いと判断した場合に限られます。
農家も労働基準法は適用される
今回の案件において、水戸地裁は技能実習先の農家に、未払い残業代とほぼ同額の付加金の支払いを命じました。すなわち、本件は極めて悪質性が高い事件であると判断されたわけです。
なぜ極めて悪質性が高いと判断されたのか、その根拠は3点あると考えられますので、順番に説明をしていきます。第1は、農家が労働基準法についてあまりにも無知・無関心であったということです。
前提条件としてですが、農家にも原則として労働基準法は適用されます。確かに、自然を相手にする仕事ですし、繁忙期と閑散期に片寄りがあるなどの事情を勘案し、1日8時間・週40時間の法定労働時間の規制が適用除外になるなど、労働基準法の適用が緩和されている部分は一部あります。しかし、労働時間に応じて賃金を支払うことや、残業が発生した場合は残業代として割増賃金を支払わなければならないことは、農業を営む事業主にも適用されます。
加えて、もう1つ前提条件として押さえておきたいのは、技能実習生も日本人労働者と同等に労働基準法の適用対象になるということです。技能実習生を、最低賃金を下回る賃金で働かせたり、サービス残業を行わせたりすることは当然違法となります。
このように、技能実習生を受け入れる事業主には、業種にかかわらず労働基準法の順守が求められるわけですが、今回の事件においては、法廷での下記のような質疑応答を踏まえても、被告農家には順法意識がほとんどなかったようです。
被告の農家は法廷で、原告側代理人の「賃金台帳を作っていたか」という質問に、「賃金台帳とはどういう感じのものか」と聞き返す場面があった。実習生の受け入れ窓口で、実習が適切に行われているか監査する監理団体に台帳の作成を頼んだかどうかも「わからない」と証言していた(『朝日新聞デジタル』2018年11月10日)。
このやり取りの中に含まれる「賃金台帳」とは、事業主がどのような計算根拠に基づき、いつ、いくらの金額を労働者に支払ったのかを記録する帳簿で、労働基準法上は「労働者名簿」「出勤簿」と合わせて「法定3帳簿」と呼ばれる最も重要な帳簿の1つです。
農家側の主張はかなり無理がある
これほど重要な帳簿である「賃金台帳」について、「賃金台帳とは何か?」と聞き返す農家に対し、水戸地裁は事業主としての順法意識の低さを問題視して、付加金を課す根拠の1つにしたのではないかと考えられます。
第2は、正規の就業時間外の業務について、「技能実習生と請負契約を結んでいた」という農家側の弁明に明らかに無理があるということです。
この点、さらに細かく見ていくと2つの問題点があります。問題点の1つ目は、農家が出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)を理解していなかったということです。技能実習生のビザは、入管法に基づいて「技能実習」というカテゴリーで発行されます。技能実習ビザで入国が認められた外国人に就労が認められるのは、実習計画に基づいた範囲で、雇用契約に基づいた就労に限られます。
ですから、雇用契約であれ、請負契約であれ副業を行ってはならないことはもちろんのこと、たとえ技能実習受入先の事業主であったとしても、雇用契約とは別に請負契約を結んで別段の業務をさせることは入管法違反です。
問題点の2つ目は、入管法違反の問題を横に置いておくとしても、働かせ方の実態が請負契約ではなく雇用契約であったということです。
請負契約は、対等な事業主同士の立場で、諾否や条件交渉の自由があってはじめて成り立つものです。今回の事件においては、下記の報道のように、農家側が優越的立場をもって技能実習生に作業をさせていたと水戸地裁は認定し、実態は雇用契約である偽装請負だと判断したわけです。
判決は、①大量の大葉を出荷する必要がある②実習生が作業をするのは午後5時以降で、作業には数時間かかる③すべての大葉を巻く作業を実習生がしており、実習生が自分たちで作業するものだと考えていても不自然ではない――などとして、「諾否の自由は事実上制限されていた」と認定。労働契約による作業であるとした(『朝日新聞デジタル』2018年11月10日)。
このように、入管法違反かつ、偽装請負であったということにも、水戸地裁は悪質性を認めたのでしょう。
第3は、技能実習制度を形骸化させ、実習生を単なる労働力としてしか扱っていなかったということです。厚生労働省のホームページでは、技能実習制度について次のように説明されています。
外国人技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております。
すなわち、技能実習制度とは、国際協力や発展途上国への支援を目的とした制度であるということです。我が国は、受け入れた技能実習生に、技能や技術を伝え、自国に戻った時に活用してもらえるよう育成をする責務があります。
日立は技能実習生99人を解雇
しかしながら、大葉を巻く作業を所定労働時間が終わった後に延々と深夜まで行わせていたということですから、作業内容という面においても、労働時間という面においても問題があったのではないかと考えられます。そして、賃金は時給換算して400円にすぎなかったということです。
国際協力や発展途上国への支援という本旨にそぐわず、低賃金で長時間の単純作業を課していたということにも水戸地裁は悪質性が高いと判断したのだと考えられます。
さて、本件について3つの問題点から掘り下げてみましたが、技能実習生の受入れに関するトラブルは、本件に限った個別的、局所的な問題というとらえ方をしてはなりません。日本全国で類似の問題が発生しているのです。
たとえば、直近に発生した出来事として、日立製作所(日立)では、技能実習を継続できなくなったとして、フィリピン人の技能実習生99人を解雇しています。日立が、受け入れた技能実習生に対し、技能を学べる作業を行わせていなかったことが発覚し、以後の技能実習計画が認可されないない状況に陥ってしまったためです。
技能実習生側には何の落ち度がないにもかかわらず、日立が正規の実習計画に基づいた作業に従事させなかったため、日本での実習継続が困難となってしまったのです。ただ、日立は、中止になった技能実習期間の賃金を補償することを表明しているので、問題がある中でも、この点においては誠意ある対応をしていると言えるでしょう。
問題なのは、このような技能実習の内容面だけではありません。有給休暇の取得を希望した技能実習生を強制帰国させたり、パワハラで技能実習生をうつ病に追い込んだりと、待遇や労務管理面における問題も見過ごすことができません。このような問題がたびたび発生する原因は、現在の技能実習制度自体に問題があるからではないかと考えられます。
技能実習ビザは、特定の企業で技能実習を行うことを前提に発行されます。そのため、当該企業との雇用契約関係が終了すると、ほかで実習を継続することができる場所が見つからないかぎり、帰国しなければなりません。
技能実習で来日するための費用に充てるため、母国で借金をすることも珍しくありませんから、どんなに劣悪な就労環境に置かれても、技能実習生は金銭的な理由から、我慢して働き続けなければならないという状態に陥ってしまいがちなのです。労働基準法の規制の網目をすり抜け、「寮費」などの名目で多額の天引きを行う形で、実質的に低賃金で技能実習生を働かせるという行為も後を絶ちません。
失踪者は年々増え1万人に迫る
このような実態の中、外国人技能実習生の失踪が後を絶たないことが社会問題化しています。技能実習先企業とのトラブル、低賃金、過酷な労働に耐えられなくなったなどの理由で失踪した技能実習生は、法務省の統計によると、2017年は7089人にも達し、過去最高を更新したということです。技能実習生の母数の増加に伴い、失踪者数も増加の一途をたどっているという傾向が見られます。
政府は現在、入管法を改正し、新たな在留資格として、人手不足の深刻な業種について、「特定技能1号」と「特定技能2号」を創設し、介護、農業、建設など14分野において、新たな枠組みによる
外国人労働者の受け入れ拡大を図ろうとしています。
技能実習制度については、現在の枠組みのまま温存される見通しです。その上で、3年間の技能実習経験者は、新制度の特定技能ビザによる在留資格に移行できるように制度間の接続を図ることが予定されています。
確かに、わが国においては少子高齢化が進み、外国人労働者を含めた労働力の確保が急務です。しかしながら、外国人労働者受け入れの拡大や、新制度の導入を図る前に、まずは、現に発生している技能実習生が直面している諸問題に目を向け、技能実習制度を真に外国人労働者が安心して働くことができる制度にしていくことが必要なはずです。
国際協力や技能・技術の伝承という、技能実習制度の本来の目的に立ち戻り、日本が国際社会の中で責任を果たしていくためにも、技能実習制度の再構築が求められるのではないでしょうか。
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