ホームレスの住居事情は一体どうなっているか
ホームレスというと段ボールを敷いて横になっている情景をイメージしやすいが、暴力・立ち退き・災害などにより、今やさまざまなパターンが見られるという(筆者撮影)
ホームレス。いわゆる路上生活をしている人たちを指す言葉だ。貧富の格差が広がる先進国において、最貧困層と言ってもいい。厚生労働省の調査によると日本のホームレスは年々減少傾向にあるものの、2018年1月時点で4977人(うち女性は177人)もいる。そんなホームレスたちがなぜ路上生活をするようになったのか。その胸の内とは何か。ホームレスを長年取材してきた筆者がルポでその実態に迫る連載の第10回。
ホームレスはどんなところで寝起きしているのか
今回はホームレス生活をする人たちの、住居事情を取り上げたいと思う。「ホームレス」とは「家がない」という意味なので、「ホームレスの住居」という言葉は矛盾しているのではないか?と思うかもしれない。だが、現実問題として、人はどこかで眠らなければならない。眠る場所=住居と考えて大きく間違ってはいないだろう。
毎日、ねぐらを変える人もいるし、ひとところに落ち着いて生活する人もいる。住居も、即席で作ったものから、かなりしっかりと建てたものまで、かなり差がある。
●段ボール
ホームレスが段ボールを敷いて横になっている情景をイメージする人は少なくないだろう。段ボールは入手しやすく、加工しやすい。防寒にも優れている。また段ボールを集めれば、金属ほど高くはないが買い取ってもらえる。とても使い勝手のよい素材なのだ。
ただ段ボールは紙なので、雨風にはとても弱い。段ボール製の家は、なるべくなら屋根のある場所に建てたい。かつては新宿西口の地下街にずらりと段ボール製の家が並んでいた。段ボール製の家にペンキなどで絵を描くアートがはやったこともあった。
駅構内や駅や高速道路の高架下などに段ボール製の家が並んでいた。ただ年々厳しくなり、段ボール製の家を作れる場所は少なくなってきている。中には恒久的に家を作るのを禁止するための、排除アートが設置されている場所もある。
排除アートは気づかれないようさりげなく設置されている場合も多い。例えば、ベンチの真ん中に手すりをつけたり、ベンチに角度がついていたりするのも排除アートの1つだ。そこで寝るのを防ぐために、そのような構造にしてある。もちろんホームレスだけでなく、酔っ払いなどが寝るのを防ぐためでもある。
もちろん仕方がない面もあるのだが、そういう排除アートを見るたびになんとも複雑な気持ちになる。
かつては段ボールをいくつも縦に重ねて、狭い密閉空間を作りその中で寝ている人が多かった。駅前にいくつも並んでいたりする場所もあった。
しかし最近はあまり見かけなくなった。なぜなのか野宿をしていた男性に理由を聞いた。
「そういう風に段ボールにくるまって寝ていると暴力を受けやすいんだよね。酔っぱらってるサラリーマンや学生に蹴られたり、踏まれたりする。火のついた煙草を投げ込まれたりね。駅前で寝ていて一度も暴力受けたことない人はいないと思うよ」
と語った。中には大怪我をさせられたホームレスもいるという。
現在は段ボールで囲いを作り、その中に布団を敷いて寝ている人が多い。天井はあえて作らず、外から見える状態にしてある。
通行人から丸見えという状態は不安な気持ちになると思うが、完全に段ボールで囲ってしまうより暴力を受けるケースは減るし、いざ暴力を受けた際には逃げやすい。
ただ、段ボールで包まないならほとんど防寒はできないので、外で寝ているのと変わらない。寒い季節には、かなり体にこたえる。
寝袋と毛布があるとなおいい
●テント
市販のテントや、寝袋を使っている人もいる。ドヤ街の道路で、ワンタッチで建てられる便利なテントで寝ていた50代の男性に話を聞いた。
「ホームレスにならざるをえないとなった時に手元に残ってたお金でテントと寝袋を買ったんだよ。安売りしていたから、合わせて数千円だった。絶対に便利だよ。寝袋があるかないかだけでも全然違う。寝袋はいざというときのために買っておいたほうがいいよ。寝袋はある程度高いのじゃないと駄目。安いのはまったく防寒できないし、水に弱いんだ。
あとは毛布。毛布は何枚あってもいいよ。いざホームレスになってしまうと現金が入ってこないから、そういう物を買うのが本当に難しくなるんだよね」
と語ってくれた。
確かに災害などによって外で寝なければならなくなった時、寝袋があるかないかでは雲泥の差だ。人生何があるかわからない。備えのために寝袋を買っておくと、いつか「よかった」と思う日が来るかもしれない。
公園のブルーテント群(筆者撮影)
公園内で暮らしている人は、よくテントを作って生活していた。
大きな公園では樹々が生えている場所にテントを張っていた。木と木の間にロープを張り、そこにシートをかけて三角形のテントにしているものが多かった。公園内にそもそもあった遊具を使ってテントを建てている人もいた。
公園にはしっかりした小屋を建てる人もたくさんいたが、比較的簡単に建てられるテントで暮らす人のほうが多い。とくに上野公園では、定期的にホームレスを公園から立ち退きさせる行事があったため、簡単に移動できるテントで暮らさざるをえなかった。
荷車の上にテントを張り居住空間を作っている住居は印象的だった。普段は高床になって快適に過ごせるし、いざ移動の時は荷物を全部荷車の上に載せてしまい、そのまま引っ張って移動することができる。キャンピングカーのようだなと、とても感心した。
テントを作る際は、ブルーシートがよく使われる。DIYやレジャーに利用したことがある人も多いと思うが、とても丈夫で安い。花見のシーズンなどには、レジャーで利用したブルーシートを捨てていく人も多いため、無料で手に入れられることも少なくない。
ブルーシートはテントだけでなく、小屋の周りをぐるりと貼って防水する人も多い。
かつて野宿生活をする人が多かった公園に行くと、ブルーシートの青がとても目についた。段ボールと同じ、ホームレスを象徴する商品である。
廃自動車や廃墟に住む
家をなくしたのち、マイカーに車上生活をする人がいる。最初はほんのしばらくの間だと思って住み始めたものの、なかなか正常な状態に戻れなくなってしまう場合もある。
また、道路に乗り捨ててあった自動車の中に住むケースもある。現在ではほとんど見なくなったが、かつては町中に自動車が捨てられていた。今でも山に行くと、ナンバープレートが外された自動車が乗り捨てられているのを見ることがある。
住み家となっている廃車。近隣住民にとっては不安のタネでもある(筆者撮影)
都内でアパートの前に置かれている自動車に住んでいるホームレスに話を伺ったことがある。彼はアパートの大家の許可を得て、廃車の中で生活するという珍しいケースだった。自動車の中には、みっしりと荷物やゴミが詰まっていた。いわば、ゴミ屋敷のような状態になっていた。
「隙間をなくしたら、寒くなくなるからね。拾ってきた物を車内に置いておけば、盗まれないしね。ただ最近は車内にネズミが湧いてしまったんだ。食べ物とか足とかかじられちゃったんだ。困るからネズミ捕りを置いているんだけど、まだ捕まえられない」
と嘆いていた。車内はほぼゴミ屋敷状態だったが、自動車の周りもかなり物がたくさん置かれていた。拾ってきた食器や調理器具なども置かれていた。実際調理もしているようだった。
近所の人に話を聞くと、
「大家の敷地内でやっていることなので口は出せないんですよね。でももし火事になってしまったらと思うとやっぱり不安ですね」
と語っていた。表情から察するに、かなりストレスを感じているようだった。
ほとんどのホームレスはきちんと片付けをして生活しているが、中には散らかしてしまったり、立ち小便をしたりしてしまう人もいる。本人に悪意はない場合が多いのだが、住人にストレスがたまりトラブルに発展してしまうケースもある。
人が住まなくなった空き家、廃屋に人が住み着くケースもある。もちろん、違法行為である。ただ、都心部の空き家に住むのはとても目立つので、あまりない。もし住み着いたとしても、すぐに警察を呼ばれて追い出されてしまうことが多い。
これは、住宅街にある小さな公園も同じで、誰かが住み着くとすぐに通報されてしまう。住宅街は、住人の目が厳しいのだ。
ところが、都心部ではなく山などの辺ぴな場所にある廃屋に、ホームレスが住むことがある。廃墟(はいきょ)、廃屋を回ることを趣味にしている、男性に話を伺った。
「廃墟、廃屋を散策しているときに、ホームレスとバッティングすることはたまにあります。もちろんかなりビックリしますけど、何かトラブルになったことはこれまでないです。知り合いは大声で怒られた人がいましたが、実際それ以上の諍(いさか)いにはならなかったそうです。
ただ、ごくまれに亡くなってしまわれたホームレスを発見してしまうことがあります。もちろんきちんと鑑識したわけではないので、本当にホームレスだったかはわからないんですが……。
こちらも、廃墟や廃屋を取材する時は基本的に無断で違法で入るので困ってしまいますね。警察に電話だけして、匿名で情報だけ伝えました」
同じ趣味の人に話を聞くと、死体を発見したことがある人がポツリポツリといた。山奥にある元新興宗教の宿泊施設からホームレスの死体が発見されたという事件もあった。
今後、地方では、ますます人口減少によって廃屋、空き家が増えていくことが予想される。何らかの対応が迫られるかもしれない。
かつて多く見られた公園や道路に小屋
今では、あまり見かけなくなったが、かつては公園や道路などに小屋掛けしている人もたくさんいた。『小屋を建てる』という行為はある種、覚悟を感じる。
一時的に家を失い、しばらく路上で寝たり、車上生活をしたり、ネットカフェで暮らしたりすることは多くの人にありえる。
ただ、ほとんどの人は数カ月以内に、生活保護を受ける、実家や知人宅に身を寄せる、などして野宿生活から離脱する。
歩道橋下の限られたスペースのうえに所狭しと建てられたテント(筆者撮影)
野宿生活をしばらく続けていくという覚悟があっての小屋掛けなのだ。
都市部に小屋を建てる場合は面積が限られている。あまり大きな小屋は建てられない場合が多い。
かつて川崎競馬場と川崎競輪場の近くの道路にはたくさんの小屋が並んでいた。低木の街路樹と街路樹の間の狭い空間に建てられているので、ギリギリ人が寝られる程の小さい小屋が建てられていた。小さいながらもしっかりとした、屋根、窓、ドアがあったり、ぬいぐるみを飾ったりと、しゃれた家が多かった。
横浜のドヤ街寿町には、ホームレスがたくさん集まるもののテントを張れる場所はあまりない。小さな公園に小屋が建てられたこともあったが、すぐに立ち退きになっていた。
唯一建てられる場所が、寿町の隣を流れる中村川沿いのスペースだった。中村川はコンクリートで囲われた川であり、無理やり小屋を建てていた。あまり大きなスペースはないため、川にはみ出る形で建てられた小屋も多かった。ちょっとしたショックで建物ごと川に落ちてしまいそうに見えた。
2004年頃に調べた時は30ほどの小屋が建っていた。かなり年季の入った小屋もあったのだが、ある日一斉に立ち退きになった。
東京の渋谷区にある代々木公園や、東京都庁舎の隣にある新宿中央公園にもたくさんの小屋が建っていた。
上野公園のように定期的に立ち退きさせられることもなかったので、かなり立派な大きい小屋も建てられていた。
水道やトイレが近い場所は人気で、ズラッと並んで建てられた。どちらの公園も、まるで村のような雰囲気になっていた。公園利用者の中には、
「異様な雰囲気で怖い」
と訴える人もいたようだ。
最終的に、どちらも立ち退きになった。新宿中央公園は立ち退きにした後の場所に、大量の腐葉土や木を置いて新たにテントを建てられないようにした。仕方がないとも思うが、少し意地悪な措置だなとも思った。
熱病にかかってもテント内で寝ていたい
代々木公園は大部分が立ち退きになったが、一部は免れた。代々木公園はかなり広く、その場所は遊歩道などにも接していないため、スルーされたのかもしれない。普通に公園を利用していたら、まずその場所にたどり着くことはないだろう。
かなりしっかりとしたテントが並んでいた。テントの前で空き缶を潰している60代の男性に話を聞いた。
「俺はもう10年くらいここにいるよ。もともと水商売やってたんだけど、借金作っちゃってね。俺が住み始めた頃は200人くらいいたけど、ずいぶん減って今は20人くらいかな」
と語っていた。代々木公園では2014年にデング熱が発生して大きな問題になった。公園は40日間閉鎖され、徹底的に殺虫剤を散布するなどの措置がとられた。
「できれば移ってほしいみたいなことは言われたけど、誰も出なかったね。実際デング熱にかかったような人はいたけど、みんな誰にも言わないからね」
と語っていた。確かにデング熱は怖いが、いったん公園を出ても行く場所はない。寝る場所を見つけるためにさまようよりは、熱病にかかってもテント内で寝ていたいという気持ちはわかる。
渋谷駅の近くにある渋谷区立宮下公園にも、かつてはたくさんの小屋が建てられていた。スポーツ用品メーカーが命名権を取得して、公園の改修費用を全額負担することが決まった。そこで、公園内に住むホームレスは立ち退きさせられることになったのだ。
この段階で市民団体などが「立ち退き反対」の運動を始めた。テレビニュースでも大きく報道されたため、覚えている人も多いだろう。
公園内から立ち退きにはなったものの、代わりに公園の隣にある自動二輪の駐車場の近くの空きスペースに小屋を建てて、そこへ引っ越すようにお願いをした。
小屋は、渋谷区が建てたといわれている。区がホームレスの小屋を建てるケースはとても珍しい。
統一した規格の小屋が並び、そこには長らく住人が居住していた。その中の一軒に住んでいる40代の男性に話を聞いた。
渋谷の自動二輪の駐車場(筆者撮影)
「バイク駐車場を利用してる人に『一等地に住んでていいね』なんてイヤミを言われることはありますね。『アルミ缶泥棒!!』って怒鳴られることもあります。でも超一等地にタダで住んでるのは確かですから。多少怒られるのは仕方ないなと思っています」
と語った。どのような状況だったとしても、暴力を振るうのはよくない。
2011年に小屋は建てられて、長らく運用されていたが、先日ついに取り壊されてしまった。
現在、公園内に小屋やテントを建てて野宿をするのは、ごく限られた場所を除いて、かなり難しくなっている。
河川敷に小屋
公園に住んでいた多くのホームレスは、生活保護を受けて福祉マンションに移り住んだ。福祉マンションに住むハードルは昔に比べてずいぶん下がった。
ただ、それでも野宿生活を続ける人もいる。現在小屋を建てて生活している人が最も多いのは、河川敷だ。多摩川、荒川、淀川などには現在も大きな小屋が建っている。
高床式の河川敷の小屋(筆者撮影)
場所によっては密集して建てられ、『村』のような状態になっている。
河川敷は土地に余裕があるため、かなり立派な小屋が多い。もはや、小屋と言うより、一軒家というレベルの住居もある。
河川敷の小屋の多くは、床が地面から浮いていた。つまり高床式になっている。これは、河川敷沿いは増水の際には水が上がってくるため、高床にしているそうだ。かなりの技術が必要なことは、素人でもわかる。
多摩川の中でもかなり立派な建物に住んでいる男性に話を伺った。
「今は落ちている電化製品を拾ってきて転売する仕事をしているけど、もともとは鳶職をやっていたからね。小屋を作るくらいのことは簡単にできるよ。前はもっと上流に住んでいて、その時の小屋は、材料から買ってきて建てたんだよ」
ホームレスの多くは前職に土建関係、建築関係の職に就いていた人が多い。中には、ホームレス生活を続けながら、日雇労働に通っている人もいる。
彼はベニヤ板などの木材を買ってきて、一から組んだという。材料費だけで20万円かかったという。もちろん高床式になっており、テレビまで設置されていたという。
「そうしたら『この家を売ってほしい』って人が現れたの。ホームレスなのかどうかはわからない。材料費(20万円)以上のお金を提示されたから売っちゃった。
それでここに引っ越してきたの。この家は2~3日で建てた。基本的には廃材を拾ってきて建てたんだよ」
と言われた。
今の家でも十分に立派だった。建物の回りには仕事で拾ってきた電化製品が山のように置かれていた。ある程度、余裕を持って場所を使えるのが河川敷のいいところだ。
河川敷の最大の欠点は定期的に水害に遭うこと
いくつかの小屋は、妙に斜めに建てられていることに気がついた。
「ここらへんは常に一定方向に風が吹くの。風が吹く方角にドアと窓を設置したら、風が抜けるんだ。真夏でもかなり涼しく過ごせるよ」
河川敷の小屋。風が吹く方角にドアと窓を設置したり、家自体を斜めに建てたりなど創意工夫がされている(筆者撮影)
先ほどの男性は語った。実際、多摩川に建つ小屋の中を拝見させてもらったことがあるが、意外なほど涼しかった。創意をこらせば快適に住めるんだなと思った。
不法占拠で建てられた家ではあるが、普通に家として生活している人も多かった。中には夫婦で暮らし、勤め先に通っている人もいた。
河川敷の最大の欠点は定期的に水害に遭うことだ。これは立地上防ぎようがない。
「小屋の半分の高さまで水が来たよ」
などと語る人は多かった。もちろん台風が来たら、大事な荷物を確保して逃げるのだが、中には逃げ遅れ被害に遭う人もいたという。
命は失わなくても家財道具のほとんどが水びたしになり、流されてしまう場合がある。
大きな水害の後に、野宿生活を諦めてしまう人も少なくない。先日、多摩川の河川敷を歩いたところ、昨年の大雨のせいで空き家になった小屋が増えていた。
空き家になってそのまま廃墟になり、崩壊してしまう場合もあるが、その前に違うホームレスが住むこともある。
確かに前職が建築関係者だった人は多いが、全員ではない。手にスキルがない人にとってゼロから家を建てるのは難しい。
「どうしようか困って歩いていたら、住人の1人に声をかけられたんだ。『俺の小屋の横の小屋が空いてるから、よかったらそこに住んだら?』って言われた」
足を運んでみると、とてもしっかりした作りの小屋だったので満足して住み始めたという。その家の元の持ち主は、福祉マンションに移動したらしい。
中には元住んでいたホームレスが亡くなられた小屋もある。世間では人が亡くなった物件を事故物件などと言って嫌がる場合が多いが、あまり気にせずに住んでいる人が多かった。
多摩川の河川敷で見つけた変な物件
最後に、多摩川の河川敷で見つけた、ある建造物の話をしたい。
先に話したとおり、河川敷に建っている小屋はちゃんとした建物が多い。母屋だけではなく物置が作られ、横に畑がある家もある。また近所に住む人が、勝手に船着き場を作ったり、ゴルフ場を作ったりしている場所もある。
だからどんな家を見てもそんなに驚かないのだが、その建造物だけはさすがに驚いた。
河川敷の葦の中に道を見つけたので進んで行く。なぜか通行止めの三角コーンが置かれていたり、大量の消火器が山積みにされていたり、少し不穏な雰囲気だった。
ちょっと恐怖を感じたが、勇気を振り絞って奥に進んでいった。
すると、そこには、とても大きな建物があった。人が住んでいる雰囲気でもないし、物置でもなかった。それは“オリ”だった。
通行止めの三角コーンの先にはオリが(筆者撮影)
鉄パイプと鉄の網で作られた、かなりしっかりした施設だった。
オリ以外にも、東屋のような建物が作られていた。かなり立派な、大掛かりの施設であり、木材などは新規で購入した物だった。材料費だけで数十万円はかかっているはずだ。
「なんのためのオリなのだろう?」
と思って中をのぞくと、
「ワン!! ワン!!」
ほえ声が聞こえた。ひどく驚いた。
寝ていた犬が起きてほえたのだ。隣のオリを覗くと、成犬が寝ていた。隣の小屋には札が貼ってあり『ネコ大人3』『新入りいます 入室注意』などと書いてあった。
隣接する東屋には調理道具なども置かれており、人の出入りを感じさせる(筆者撮影)
このオリは、動物を飼うための建造物のようだ。東屋の部分には餌用の皿やリードなどが置かれていた。人間用の調理道具も置かれていたので、定期的に人がここで過ごしているようだった。
「誰が? なんのために?」
と頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。少し奥に進むと、広場に出た。開墾されて、花が植えられている。
地面には、レンガが置かれていた。レンガには一つひとつ『フクちゃん』『虹を君』と名前が書かれていた。つまり、動物墓場ほえだしたので、ほうほうの体で逃げ出した。
あのオリは何の施設だったんだろう? と思い、ホームレスにインタビューをする時に、ついでに聞いていたのだが、なかなか正体がつかめなかった。何十人目かに、やっと真相を聞くことができた。
「河川敷に捨て犬や捨て猫の施設を作りたい」
「ここらのホームレスを仕切ってるボスがいるんだ。ボスといってもその人はホームレスじゃない。金融屋の社長で、マンションとかビルも持ってるらしい」
本当かどうかはわからないが、ボスはここに来て、ホームレスたちにお小遣いを渡したり、焼肉パーティーをしたりしていたそうだ。
無類の動物好きで、家でも猫を多頭飼いしている。猫がいなくなった時は、ホームレス一同が近所を探しまわったこともあると語った。
「ボスが『家では猫をダイナミックには飼えないから、河川敷に施設を作りたい』って言い出したんだ。それでお金はボスが出して、腕に覚えのあるホームレスが、あのオリを作ったんだよ」
『ネコ大人3』『新入りいます 入室注意』などの札が(筆者撮影)
ボスは捨て犬や捨て猫を拾ってきては、オリの中に保護して飼っていたそうだ。かなりの数になったという。
とても信じがたい話ではあるが、実際自分の目で見ているので信じざるをえない。
もともとは「動物を守りたい」という善意からはじまったプロジェクトのようだが、そもそも河川敷の不法占拠で勝手に建てているのだから、手放しで褒めるわけにもいかない。
なんともモヤモヤした気持ちになる、答えだった。
しばらくオリはそこにあったのだが、さすがに問題になったらしく『取り壊すように』というお達しが貼られた。そして実際に取り壊されて、現在はもう施設はない。
先日久しぶりに立ち寄ってみると、現在はもう廃材も撤去されていた。しかし、動物のお墓だけは現在もあった。そしてよく見てみると、新しいお墓があった。
オリも廃材も撤去されたが、お墓は現在も残っている(筆者撮影)
河川敷では猫を飼っているホームレスが多い。亡くなった後にここに、埋葬したのかもしれない。
手を合わせてお祈りした。ただ内心、「取り壊しになった際、追い出された犬猫はどうなったんだろう?」
という疑問が残った。
皆「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」がある
ひとくくりにホームレスの住居といってもさまざまなバリエーションがあることがわかったと思う。どんな家に住んでいても、皆苦労をしている。
取材をしていると、
「一般の人にテント(小屋)を壊された」
という話をよく聞く。多くはテレビや雑誌などで
「ホームレスなのにこんなぜいたくな生活をしている」
というような報道を見て、腹を立てたと言う人が多い。もちろん、公園や河川敷に住居を建てるのは違法な点もある。
ただ、憲法では基本的人権の1つとして『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』が保証されている。
「電気を使っていたから腹が立って、暴力を働いた」
「生意気な家に住んでいたから、壊した」
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