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 大型連休もあっという間に過ぎ去ったとある日、昼食を調達しに近くのコンビニに向かいました。
「いらっしゃいませ!」
 挨拶が元気な店員のネームプレートには、小さな初心者マークが付いています。大学での新生活が落ち着きを見せ、働き始めたところでしょうか。清々しさを感じながら、レジで財布の準備をしていると、
「ポイントカードは!」
 ん?と思い、店員の顔を見ると、次第に顔が赤くなっていきます。
 どうやら、「ポイントカードはお持ちですか?」と言うべきところを、「ポイントカードは」で止まってしまい、そのまま地蔵のように固まってしまった様子。すかさず隣で別の作業をしていたベテラン店員がフォローに入り、無事会計を済ませました。
 思いがけなく訪れたちょっとした間が面白く、私とそのベテラン店員は、笑いをかみ殺していたのですが、本人にとっては修羅場だったことでしょう。

大野正人 『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』

『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』(大野正人著、文響社)

 授業中は決して挙手しないという我が家の娘たち。聞けば、答えを間違った時に恥ずかしいから、だと言います。
 確かに私も、会議や会合で、積極的に発言しないので何も言えませんが、やはり失敗を恐れずにいろいろな物事にチャレンジしてもらいたいもの。どうすればうまくこの気持ちが伝わるか、考えた末に買ってみたのが本書でした。
 その名の通り、古今東西の偉人たちの失敗談が集められているのですが、そこは『うんこドリル』で一世を風靡した文響社。それぞれの失敗談のほかにダメだったところが面白おかしく語られ、さらにマンガチックなイラストを多用することで、好奇心をあおり、手に取りやすく仕上げています。
 なぜ子ども向けの本を紹介しているのか、不思議に思う方もいることでしょう。いよいよネタ切れか、いや出版社の回し者か、といろいろな声が出るかもしれませんが、ところがどっこい。
 例えば、「得意なこと以外、まるでダメ」というアルベルト・アインシュタインの章。詳細は省きますが、「いくつかの「苦手なこと」を気にして落ち込むより、たったひとつの「好きなこと」を大事にして、心から楽しむ。それが「感動を作れる人生」への第一歩なのです。」で締めくくられています。
 いかがでしょう。平易な文章で書かれていますが、奥深いメッセージだと思いませんか。
 こちらに限らず、本書は大人でも胸に響くフレーズがあちらこちらに散りばめられており、下手な偉人伝よりよっぽど有意義な本だと思うのです。しかも、なみ居る偉人たちを差し置いて、ラストにみんなの「お父さん、お母さん」を持ってきているなんて・・・。
 子どものために買ってきたのに、いつの間にか職場のデスクの必備図書に変わっていること間違いありません。

芹沢央 『許されようとは思いません』

 とは言いつつ、何度経験しつつも慣れないのが失敗というもの。失敗してしまうと、どうしても周囲に対して羞恥心が先走ってしまい、冷静に分析することができず、次回の教訓に活かせないからでしょう。
 さらに周囲に知られたくないばかりに、反省するどころか自分のミスをごまかしたくなったことは、サラリーマンであれば一度や二度はあるはずです。
 短編小説「目撃者はいなかった」の主人公の葛木修哉もそのひとり。河北木材の営業本部に勤務していますが、ある日、お得意様からの受注数を一桁間違えてしまいます。
 修正するには周囲への影響が大きすぎると判断した葛木は、ある計画を企て、誰にも知られずにこの失敗を闇に葬ろうとします。ところが、事態は思いがけない方向に転がり始め・・・。
『許されようとは思いません』(芹沢央著・新潮文庫)

 この「目撃者はいなかった」のほかに、4編を収録しているのが芹沢央の『許されようとは思いません』
 どの物語も、葛木同様に、何気ないボタンのかけ違いから転落していく人物たちが描かれています。
 なかでも一度読んでいただきたいのが「姉のように」。終始、妹の「私」の視点からストレートに描かれているのですが、ラストにとんでもない落差のフォークボールが投げ込まれます。この打てなかったモヤモヤ感を、ぜひあなたも共有してみませんか。
 著者は、昨年『火のないところに煙は』を上梓し、見事に2019年本屋大賞にランクインしました。こちらも読み終えた後の恐怖感をどこへ向ければ良いのか、困ってしまいます。
 おそらく著者が描く物語は、他人事として気楽に読み進めているうちに、実は誰の身にも起こりうることに気づくため、モヤモヤ感や恐怖感を引きずってしまうのでしょう。意外とクセになるこの感覚、今年も芹沢央の作品から目が離せません。

福澤徹三 『Iターン』

『Iターン』(福澤徹三著、文春文庫)

 次に紹介するのは、失敗のための埋め合わせが取り返しのつかないことになった葛木に対し、失敗に失敗を重ねながらもしぶとくリカヴァリーし続けた男の物語『Iターン』
 主人公の狛江光雄は、中堅広告代理店のしがないサラリーマン。4月らしいうららかな朝に、閉鎖の噂がある北九州支店に支店長として単身赴任します。
 心機一転、若い部下二人と業績の立て直しに奔走しますが、ある大きな失敗をきっかけに、なぜかヤクザの抗争に巻き込まれていく様子が、コミカルにテンポ良く描かれています。
 私事ですが、今年誕生日を迎えると、狛江と同じ47歳になります。しかも、現在のさわや書店に勤務する前は、小さいとはいえ地元の広告代理店にいたことがあります。
 それだけでも勝手に親近感がわいているのですが、さらに読み進めていくと、会社では上から抑えられ下から突き上げられ、家庭から冷ややかな眼差しを浴び、若い女性の部下には思わず優しくしてしまい、という狛江の姿が他人事のようには思えなくなってしまいます。
 次第に追い詰められていく狛江に、果たして逆転ホームランは打てるのでしょうか。
『Iターン 2』(福澤徹三著、文春文庫)

 読みやすさもあり、続編と映像化を希望していましたが、ここで嬉しいニュースがあります。6月に続編『Iターン 2』が刊行するのに続き、8月には連続ドラマもスタートするとのこと。そちらに備えて、まだ読んでいない方は、今日、明日中に手に取ることをお勧めします。

「月刊 失敗」の刊行を“あの出版社”に望む

 ところでサラリーマンがヤクザとの抗争に巻き込まれる名作には『走らなあかん、夜明けまで』(大沢在昌著、講談社文庫)があります。
 こちらは出張先の大阪を舞台に、盗まれたアタッシュケースを巡って坂田勇吉が走りまわるノンストップアクションストーリー。単身赴任先と出張先、北九州の小倉と大阪、その違いも楽しみながら二作を読み比べてみてはいかがでしょうか。
 と、ここまで書き続けてきて、失敗を切り口にしたノンフィクションや物語が、意外と多いことに驚かされます。テレビでも失敗した芸能人が先生役を務め、メッセージを伝える番組がまだ続いているようです。
 人の不幸は蜜の味なのか、はたまた糾弾したいだけなのかはわかりませんが、「失敗」をテーマにした書籍は、これからの出版業界にとっても金脈になりうるかもしれません。
 大麻所持容疑で逮捕された芸能人カップル、不適切な発言により議員辞職勧告決議案を提出された国会議員。5月だけを見てもネタには困らず、「月刊 失敗」が刊行できるのでは、と思うほどです。
 もちろん、出版元はあの出版社しか考えられず、中身の濃いものを作ってくれることでしょう。えっ、どこかって? おっと、誰かがきたようですので、今日はこのへんで・・・。
筆者:栗澤 順一(さわや書店)