新刊点数は世界でいちばん多いそうです(写真:ふじよ/PIXTA)
イギリスの政治経済誌『The Economist』のデータブック『The Economist 世界統計年鑑2019』に収録された数々のデータは、「世界のなかの日本」を相対的に浮かび上がらせ、日本が抱える課題を考える格好の材料となっている。日本の政策決定をデータから支える研究機関の経済産業研究所の理事長を務める筆者が、このデータブックから、日本が抱える2つの課題について取り上げ、分析を行った。

上手にお金を使えない日本

日本が有する「資源」として最初に注目したいのが、金融資産である。純資産が100万ドル以上の人数を示した「億万長者の人数」ランキングを見てみると、1位アメリカ、2位日本、3位イギリスとなる(ユーロ圏は国ではないので外して考える)。
これらの国々では、盛んな経済活動により多額のお金が生まれ、まとまった額のお金を持つ人が出ているということを意味する。このとき、そのお金を使ってどのように経済成長するかが問われている。
そこで気になるのが、日本の経済成長率の低さだ。経済成長率の低い国ランキングを見ると、日本は世界の中でも下のほうにいる。
今の日本経済の成長が低迷している原因の1つには、日本における国際金融センターの不在があると考えている。アメリカにはウォールストリートがあり、イギリスにはロンドンのシティがある。しかし、日本にはそれに相応するセンターがない。
もちろん、きちんとした経済活動がなされないのにお金を回して投資で稼ぐというのは不自然だ。国が成熟化していくステージにおいては、実体経済の活動と並行して、金で稼ぐビジネスがもっと大きくなってもいいのではないか。
日本はよく、イギリス的な成熟国になってきているといわれる。当のイギリスには世界最大の国際金融センターのシティがあり、そこで盛んな投資活動が行われているが、日本にはそうした活動が、経済規模に比べれば非常に小さいと言わざるをえない。
日本の株式市場が海外の投資家の動きで動いてしまうことが往々にしてあるが、それはまさに、日本人が金を投資に回していないことが一因である。
その背後には、金を動かして自分が楽をするなんておかしい、働いて稼がなくてはいけないという古くからの倫理観もある。つつましく生きることが立派なことであり、お金持ちでありながらぜいたくをしないことが立派だと考える。倫理的にはわかるが、経済合理性では、金を持っている人がそれを使わないことには、経済がそこで動かなくなってしまう。

「危機に備える」だけでは身を滅ぼす

企業についても同じことがいえる。内部留保が多く、投資が少ない。なぜ、企業は金を使わないのだろうか。そこには、根強い「将来リスクへの懸念」がある。少子化で人口減少する将来を考えれば今投資できない、という考えだ。
リーマンショックの後、日本は震源地ではないものの主要国の中でも深刻な不景気となった。その前後に、企業が投資と人件費を長期にわたって抑えたことが景気の回復を遅らせた。
日本の企業部門の「貯蓄投資バランス」の収支を見てみると、今もなお収入が支出をかなり超過する状態が続いている。しかも、リーマンショック後の危機的状況を乗り切ったのはいいが、あれから10年が経過した今でも、超過幅は大して縮小していない。
それに対し、アメリカは2008年のリーマンショック時は縮こまったが、そこから時間が経ち、危機的状況から抜け出すにつれ、しだいに積極経営に戻ったため、収支の差がなくなっている。
危機に備えるのは決して悪いことではないが、それをいつまでも続けるのは問題だ。確かに、リーマンショックの直後はまったくと言っていいほど受注がなくなり、輸出が半減した。それにより倒産した企業も少なからずあった。
しかし、それと同じ状況が10年後の今も続いているのだろうか。あるいは、リーマンショック級の危機が、間もなく起きようとしているのだろうか。リーマンショック級のことがすぐ起きかねないと何年も思い続けて縮こまっていたら、ビジネスなどとてもできはしない。企業経営をしているのであれば、きちんと投資をしなければ意味がない。
日本にはもう1つ、十分な活用ができていない資源があることを指摘しておきたい。それは、文化・知的資源である。
人口100万人当たりの新刊点数のランキングを見ると、日本は並みいる先進国を抑え、1万点を超え世界1位となっている。これには再販制度(定価販売する制度)という特殊な流通制度が影響していることは否めないが、仮にそれが一因だとしても、これほどの新刊流通を支える豊かな出版文化があることは確かだ。

研究開発費は世界3位

研究開発費のランキングを見てみても、日本は世界3位(対GDP比では6位)であり、イノベーションの創出にお金を十分にかけていることがわかる。
一方で、クリエーティブ活動の指標の1つである「起業活動」のランキングを見ると、日本は下から数えて4番目に位置している。
また、イノベーション指数にも注目したい。日本はインプットでいえば世界の上位レベルであるのに対し、アウトプットは上位国から大きく引き離されている。
これらのデータが意味するのは、日本が高い水準の文化や知識の資源を持ち合わせていながら、それが新たな分野を切り開く力が十分にはなっていないということである。

未来志向の意識を持つことが重要

さまざまな資源の活用が効率的になされていないのは、私たちの意識が過去に引きずられているからのようにも見える。過去の金融危機での苦い経験にとらわれているから、投資が弱いままなのであり、挑戦ができずにイノベーションのアウトプットが少ないとも言える。
もっとポジティブに、未来志向の意識を持たなければならない。縮こまり志向で内部留保を増やし、節約志向で消費を抑制するのではなく、日本が有するヒト・モノ・カネの貴重な資源を有効に活用する。
つまりきちんと「使う」ことが、一層の豊かさにつながるだろう。持っている資源を有効に活用してこそ、クリエーティブな活動が生まれ、私たちはより豊かに生きることができる。
そのためにも、こうしたデータを活用し、海外諸国と比較しながら、経済を多面的に俯瞰して見ることが欠かせない。自分の属する企業や産業に限らず、世界の動きそのものを見る。そういう視点を身に付ていくことが、一人ひとりに求められている。