市民の安全を護る警察官。その出世の方法はあまり知られていません(写真:TkKurikawa/iStock)
市民の日常生活を守る「警察官」。彼らの世界では、一般企業と違い、「能力のない人間」が出世することはまずありえない。「警察官の出世事情」について、新書『警察官という生き方』著者であり、第62代警視庁捜査第一課長として数々の事件を解決してきた久保正行氏が解説する。
警察官になるためには、まず各都道府県警察本部の採用試験を受けなければなりません。1次試験は筆記で、通ると2次試験は体力検査と面接を受けることになります。
高卒と短大卒、大卒で試験の種類が違い、初任給も異なります。警視庁の場合、高卒の初任給は21万円程度で、大卒の初任給は25万円程度となっています。ただし、入庁後は、勤続年数と階級に応じて給料が上がりますので、必ずしも大卒のほうが給与の面で有利というわけではありません。
警察本部の採用試験に受かったら、高卒の場合は10カ月、大卒の場合は6カ月の間、全寮制である警察学校の初任科で基礎を学び、卒業後、各警察署に配置されることになります。ちなみにこの期間も、給与は支払われます。

「交番業務」が警察官を鍛える

いくつかの研修を経たのち、ほとんどの警察官はまず交番勤務を経験します。交番の警察官は、地域で事件が発生したら真っ先に駆けつけ、さまざまな種類の犯罪と向き合い、対応を覚えていくことになるので、警察官の業務のエッセンスが凝縮されているわけです。
その後は、警察署内の部署に配置されることもあれば、警察署で経験を積み、本部へと異動になることもあるでしょう。努力と実績次第で、いくつもの警察官としての道が開けていきます。
自分の能力を生かすというところでは、警察官の中には剣道や柔道などの武道に秀でた者が多く、有段者も数多くいます。実際に、警察官になると現行犯を取り押さえたり、攻撃的な人に対処したりする機会がありますから、こうした心得があると大きな武器になります。そうした目的で、警察学校ではランニングなどの基礎体力づくりだけでなく、剣道や柔道の訓練も課されます。
警察には、一般企業のサラリーマンではまず関わらない特殊な場所もあります。
例えば「留置場」は、逮捕した被疑者を一時的に勾留する場所で、その間に取り調べなどを行います。一般的には、「留置人が足を伸ばして寝られる広さ」×「人数分」ほどのスペースがあり、鉄格子が張られていて、食事窓がついています。留置人は番号で呼ばれます。「俺のときは名前で呼ばれた」と言う方がいたら、かなり古い時代ですね。留置場は警察署などに設置されています。
警察は自前で「道場」も持っていて、警察学校はもちろんのこと、各警察署や警察本部にもあります。ここには朝、昼、夜の顔があります。朝は警察官が、自主的に通常7時ごろから柔剣道の自主練習を行います。
「自分の身体を守れない者は、他人を救護できない」「今日より若い日はない」という心構えで練習をします。昼は、小中学生に向けた少年柔剣道の練習です。この練習には指定された警察官も指導者として参加します。夜は、捜査本部員の寝どころとなることがあります。
「霊安室」は、あまりなじみがないでしょうが、ここでは数々の悲劇的ドラマがあります。多いのが、事件・事故に巻き込まれた方や行方不明者にまつわるものです。朝、元気な姿で出勤したご主人と、夕方には霊安室の棺の中で会う、ということが現実にあるのです。お子さんが一緒の場合、警察官といえども深い悲しみを負います。涙をこらえて検視を終え、棺をそのままに帰宅することもあります。

徹底した「階級組織」

警察は階級に基づいて組織されています。その意味では、上下関係がはっきりしています。堅苦しいかもしれませんが、巨大な組織を束ねて治安の維持に取り組むには、規律が必要なことは確かです。
階級は警察官の日常にも深く浸透します。例えば、警察官のあいさつは敬礼です。基本的には、下位の者がまず敬礼し、次いで上位の者が答礼します。社会や組織の中でのコミュニケーション不足が叫ばれて久しい昨今ですが、その点、警察官は迷うことなく敬礼でコミュニケーションを取ることができます。何か声をかけ合うわけではありませんが、まず一方が敬意を示し、もう一方がそれに応えるわけです。
階級はキャリアを除いて誰もが巡査からスタートし、昇任試験をパスすることで上にいくことができます。また、階級と連動して役職も上がっていきます。役職は、民間企業と同じで、主任、係長、課長、部長などと上がっていきます。上の役職になるほど、多くの部下を抱えることになります。つまり、出世が昇任試験という形で制度化されているわけです。
ですから、「理由はよくわからないが、なぜかあいつは昇進した」とか、「誰よりも頑張ったはずなのに、昇進できなかった」ということが、警察では起こりにくいのです。こうした面では、警察より公平な組織はないと思います。
では、階級について詳しく見ていきましょう。警察には9つの階級があります。下から、巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監です。警部までは昇任試験で上がることができ、それ以上になると、実務経験などをもとに選考されることになります。なお、警視庁に入庁する警察官は地方公務員ですが、警視正になると自動的に国家公務員の身分になります。また、警視監および警視総監は、キャリアの警察官のみがなることのできる階級になっています。
順を追って見ていきましょう。巡査はいわゆる「ヒラ」ですが、巡査部長になると、警察署では主任の役職がつき、部下も持つことになります。警部補になると警察署では係長の役職がつき、現場の責任者として、部下を指導していきます。

「警部」のハードルは高い

警察はピラミッド型の組織ですから、警察官のほとんどは、巡査、巡査部長、警部補によって占められています。実際、警部補までは努力でなることができますが、警部になろうとすると、高いハードルが待ち受けています。全国の警察官の約90パーセントが警部補までの階級であるのに対し、警部は全警察官のうち、7パーセント程度しかなれないのです。ですから、この関門を突破するには、法学と実務を真剣に勉強し、さらに仕事で実績を上げなければなりません。
ハードルを乗り越え、警部になると、警察署では課長、警察本部では課長補佐、警視庁では係長などになり、本格的に部下を統率する立場になっていきます。加えて、警部になって初めて、裁判所に逮捕状を請求できるようになります。
警視になると、警察署では署長や副署長などを任される立場になり、本部でも課長や管理官として、組織をとりまとめ、捜査を指揮するようになります。警視正になると、本部の参事官や方面本部長など、さらに大きな組織を束ねるようになるのです。
階級が上がれば役職が上がるだけでなく、部下も多くなり、発言力が高まって、給料も上がります。階級に特殊な名称を使うので、複雑に見えますが、実はとてもシンプルなシステムなのです。たとえ学校で勉強ができなくても、警察に入ればみなゼロからのスタートです。これは警察官の大きな魅力のひとつだと私は思います。
それは男性に限った話ではありません。女性も同様です。女性警察官の数は増え続けており、現在は2万5000人近くいます。警視庁や各県警では警察官の10パーセントが女性になるように採用枠を拡大していて、管理職における女性比率も増しています。キャリアのうえでの性差はありませんが、女性が被害者になりやすい性犯罪や、子どもや老人に関わる犯罪に対しては、とくに女性警察官の活躍が目立ちます。
私は、多くの優秀な女性の警察官と仕事をしてきましたし、実際に今、女性が統率する捜査チームも増えています。ノンキャリアで警察署長になった女性警察官もいます。私が経験した捜査第一課長も、歴代ずっと男性が務めてきましたが、ここ最近の女性の活躍ぶりを見ると、女性の一課長が誕生する日もそう遠くはないでしょう。
もちろん、上にいくことだけが警察官の魅力ではありません。ずっと現場にとどまり、部下を持たずのびのびとやりたい、という人は、昇任試験を辞退すればいいわけです。その自由もまた認められています。どのようなキャリアを歩むかは、それぞれの「生き方」に委ねられているのです。
警視庁の警察官は地方公務員ですから、基本的には数年ごとに異動を繰り返します。例えば、私は警視庁本部の捜査第一課にいるときに昇任し、所轄の警察署で経験を積みました。また、上の階級になると、さまざまな役職が回ってくることも多く、私は王子警察署の副署長になったあと、半年で本部に戻り、鑑識課の理事官というポストに就いたこともあります。

現場にいる警察官ほど出世しづらい

ちなみに、より早く上にいくのは、総務部や警務部の警察官です。
とくに企画課や人事課には、若くして昇任した警察官が配属されることが多く、基本的にデスクワークで、試験勉強の時間も確保しやすいため、昇任が早いのです。
現場に出て捜査を行う警察官は、仕事の合間をぬって昇任試験に向けた勉強をする必要があります。私の場合は、休日は図書館に行って勉強をし、平日は家に帰っても布団に入らず、玄関先で寝ていました。しばらく横になっていると寒くて目覚めるので、そこから試験勉強を始められるというわけです。業務とは別に勉強するのは大変ですが、そこを突破すれば誰でも昇任することができます。
ただし、いちばん上の階級や役職までいけるかどうかは、30代で決まります。具体的には、32~33歳で警部になっていないと、いちばん上までは行けません。