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ポイントカードがこれほど普及している国は日本以外にない。「お得」という言葉に弱い国民性ゆえだろう。だが、よく調べると、お得どころか企業が丸儲けになるさまざまなカラクリが潜んでいた。

甘い話にはウラがある

「ポイントカードはお持ちでしょうか? お作りしましょうか?」
コンビニ、スーパー、チェーンの喫茶店、百貨店、家電量販店……。最近、どこで買い物をしても、店員にポイントカードの有無を聞かれることが多くなった。
「無料登録で300ポイントプレゼント」といった言葉に負け、何十枚もカードを作って財布がパンパンになっている人もいれば、機械的な店員の呼びかけにウンザリしている人もいるだろう。
ひとくちに「ポイント」と言っても、発行元や制度、還元率は千差万別だ。
TSUTAYAの「Tカード」のように、レンタルDVDの会員カードとポイントカードが一体化しているものもあれば、セブン・イレブンなどで使える「nanaco」のように、電子マネーを使うと自動的にポイントが貯まるものもある。
レジに行列ができようとも無料でカードの作成を客に勧め、「持ってくるのを忘れた」と言えば、レシートにスタンプを押され、「3ヵ月以内なら、合算いたします」と対応する。
日本はまさに「ポイントサービス大国」で、'17年度のポイントカード市場規模は約1兆8000億円もある(矢野経済研究所調べ)。
お得なことしかないようにも思えるポイント制度だが、甘い話には当然ウラがあるし、タダより高いものはないというのが世の常だ。
現金とは違って現物がなく、誰が価値を保証してくれるのかもあやふやなポイントを貯めるのに躍起になって、本当に大丈夫なのか。
そもそもポイントカードは、どうしてここまで普及したのか。簡単に歴史を振り返ってみよう。
全国共通ポイントの走りといえる制度は、'58年に登場した「グリーンスタンプ」、'62年の「ブルーチップ」の二つだ。
加盟店で集めたシールを台紙に貼って送ると、カタログの景品と交換できる仕組みで、指輪や腕時計などの高級商品もラインナップに並んでいた。家族総出でかき集めた記憶がある人も多いだろう。

勝手に還元率を変更

共通ポイントの後継といえる「Tカード」は、TSUTAYAだけでなく約80万の加盟店で利用可能で、運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブは、加盟店から手数料を取ってポイントを付与する新たなビジネスを展開した。
もはや、ポイントは客を自分の店に呼び込むためだけのツールではなくなったのだ。
「もともとポイントは商品のオマケで、企業が消費者に使う『撒き餌』と言っていいでしょう。ポイントがつけばつくほどお得になるわけではなく、むしろ企業の消費喚起の思うつぼなのです。
ただ、経済産業省などの監督官庁も、ここまで市場が伸びるとは思っていなかったのでしょう。各社が発行するポイントを制限、管理する法整備がされないままにここまできてしまった」(消費経済ジャーナリストの松崎のり子氏)
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ポイント制度はあくまで品物の「オマケ」。だから、基本的には企業が独自のルールで還元率などを決めてよいことになっている。実際、4月4日に、前出の「nanaco」が、7月からポイント還元率を1%から0.5%に引き下げると発表された。
ポイントを一生懸命に貯めてきた客から見れば一方的な改悪で、どうにも納得いかないことだろうが、こんな「掟破り」も法的にはなんの問題もない。
「企業がポイントを導入する理由には、値引きをするよりも会計上ラクだということもあります。値引きとは違い、後からポイント分を売り上げから引けばいいので、資金繰りもスムーズになります」(税理士でファイナンシャルプランナーの犬山忠宏氏)
そもそも、ポイントを貯めること自体は買い物客にとって「得」とは言えない。消費者の購買心理をうまくついた、企業側の思惑がある。
「『10%現金値引き』と『10%ポイント還元』、買い物の際は同じように見えますが、計算してみると明らかに値引き率は異なります。お店で10万円の買い物をしたとき、10%の現金値引きは文字通り1万円引きとなります。
一方、10%のポイント還元を言い換えると、10万円+1万円分の品物をウチで買えば、1万円を差し上げますよ、という話になる。実際の値引き率は1万円÷11万円で約9.1%と、理屈では現金値引きのほうがお得なのがわかるかと思います」(経済コラムニストの大江英樹氏)
細かい計算は省くが、「20%ポイント還元」と「15%現金値引き」を比較した場合、1万円の商品を8回買っても、現金値引きのほうがお得になる。
ソロバンの上でも、たくさん買い物をしなければ得にならないのだから、ある意味よくできた制度といえる。
当たり前だが、即座に現金で返ってくれば、買い物の帰り道に食事をしようが、貯金をしようがその人の自由だ。逆にポイント目当てに買い物をしても、ただただ支出が増えていくのみ。
ポイントが付くことを前提にして価格設定がされているとしたら、客はすっかりダマされていることになる。
ところが、実際に意識調査をしてみると、『ポイントをもらえる』ことのほうが、消費者にとっては魅力的に映るという結果が出るという。
「人間には、『保有効果』という心理的な傾向があります。現金値引きはすぐに忘れてしまいますが、手に入れたポイントは目で数字を確認できるので喜びが高まり、持ち続けたくなる。
だから、無料で品物に引き換えたいと、なかなかポイントを使わない人が多いのです。ポイントは金利も付きませんから、本来ならすぐに使うのがいちばんなのですが」(大江氏)
たいていのポイントは最後の買い物から1~2年で失効し、復活させることはできない。
財務処理上、企業はポイントに相当する額の引当金を用意しなければならず、使われないポイントがあまりにも増えると経営上のリスクとなる。そのため、タイムリミットを設け、運営上問題ない還元率の設定を行っているのだ。
ポイントの期限は、たくさんのポイントカードを持っているとつい忘れてしまう。
「永久不滅ポイント」を謳うセゾンカードもあるが、会員が亡くなるとポイントは失効する。仮に「相続」できるシステムだったとしても、ただでさえやることだらけの「死後の手続き」において、家族のポイントカードの残高まで気が回るだろうか。

会社が潰れたらどうなる?

「20%ポイント還元」を謳う家電量販店では、冷蔵庫や洗濯機を買えばあっという間に数万円単位のポイントが付与される。大きな金額だ。
だが、先述のとおり、あくまで「企業側が提供するオマケ」である以上、その価値を保証してくれるわけではない。
「ポイントカードにはクレジットカードや電子マネーのような保証はなく、失くしたときに止めてもらったり、再発行してもらえるかどうかは、その会社次第です。
また、せっかく貯めたのに突然ポイントシステムを廃止してしまう店もあるでしょうし、企業の破綻時に客の持つポイントがどうなるのかもわかりません。こうした意味においては、やや危うい制度と留意しておいたほうがいいです」(前出・犬山氏)
JALが'10年に経営破綻したときは、いわゆる「マイレージ」について、「消費者の混乱を招かないように」と、企業再生支援機構が継続を決定した。だが一方で、中小企業ではこんなケースもある。
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'14年、大阪府のチェーン「スーパーやまもと」が破産し、ポイントカードを作っていたおよそ1万3000人が「債権者」となる異例の事態が起きた。
スーパーやまもとは、100円未満の釣り銭が出た場合はレジで預かり、合計2000円を貯めると、2500円分のギフト券などややお得な品物と交換できるカードを発行していた。
釣り銭がそのままポイントになるという独特のシステムを取っていたやまもとだが、「諸事情により」突然閉店を告知し、カードは使えなくなってしまった。
おまけに、ポイントカードに貯められた金額と利用者を結びつける帳簿がなく、証拠はカードに印字された金額のみ。債権にしても少額なことから、利用者は泣き寝入りするほかなかったという。
たかだか数%の還元率でも、コツコツ貯めているとバカにならない金額になる。だが、あくまであやふやな資産だと思っていたほうが身のためだ。

個人情報が筒抜けに

一見バラマキとも思えるサービスと引き換えに、小売店やカード会社はあまりにも大きなメリットを享受している。それは「個人情報」だ。
集められた会員情報から、私たちがどこに住んでいて、どのようなモノに興味があるのか、ポイントカードを発行している企業は手に取るようにわかるのだ。おまけに、その個人情報は業界をまたいで取り引きされ、あらゆるビジネスに活用されている。
個人情報の法整備に詳しい、新潟大学法学部の鈴木正朝氏はこう語る。
「アメリカでプライバシーをめぐるこんなケースがあり、大きな問題に発展しました。
ある女子高校生の家に、ベビー用品のDMが次々と届きました。父親は広告主に不適切だと抗議したのですが、実際にその高校生は妊娠していたのです。
なぜ広告主がそれを知っていたかというと、ポイントカードの購入履歴をもとに、彼女が妊娠していることを推測していた。この話は他人事ではありません。
たとえば使っていることをあまり知られたくないような薬をチェーンの薬局で購入すると、その情報が第三者に共有され、商品開発や売り込みに使われる可能性があるのです」
ポイントカードを作ると、「第三者への情報提供に同意する」という項目にレ点をチェックさせられることがある。約款にも小さな文字で書いてあるが、細部まで読んでいる人はほとんどいないだろう。
「Tカード」のような共通ポイントカードシステムに登録している場合、書店で買った本やレストランで食べた食事の内容など、顧客のさまざまな情報がひとつのデータベースに集約される。
それによって、性別や年齢だけでなく、家族構成や年収、趣味から病歴まで、いとも簡単に突き止められてしまうのだ。
こうして収集されたプライバシーの「ビッグデータ」は、商売に利用されるだけではない。警察にも提供され、罪を犯していない一般人の個人情報までも共有される環境にある。
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今年1月、Tカードを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが、氏名や電話番号、購入履歴やレンタルDVDのタイトルといった個人情報を、裁判所の令状がなくても警察へ提供していることが明らかになった。
これは'12年以降、捜査当局が「捜査関係事項照会書」を出せば、ポイントカード会社は情報提供に応じざるを得なくなったためだ。
Tカードだけでなく、ローソンの「Ponta」、ドコモの「dポイント」、JR東日本の「Suica」、楽天が発行する「楽天Edy」も、開示情報の範囲に差はあるが情報提供を行っているという。
やましいことがなかったとしても、警察に自分の嗜好を知られていると思うと気味が悪い。
「制度が複雑で、第三者への情報提供のプロセスも半ばブラックボックスになっているため、利用者はちょっとしたお得感のために個人情報を渡してしまう。
消費増税などで、購買動向のデータ需要は今後増す一方です。そのため、自分で自分の情報を守るのは難しく、早急な法整備が必要です」(鈴木氏)
やはり、タダより高いものはない。一見お得に見えるポイントカードのシステムは、まさにこの言葉を体現した存在といえるだろう。
「週刊現代」2019年4月27日・5月4日合併号より