5月に実施された吉田カバンの「新商品展示会」(写真:吉田カバン提供)
仕事で使うカバンを、どのようなこだわりで選んでいるだろうか。
5月中旬、都内で開催された吉田カバン(※)の「新商品展示会」を視察した。今回は2019年秋冬新商品の紹介だった。
(※)正式社名は株式会社吉田。名称は「吉」の「士」の部分が「土」
毎年、同社は春と秋に新商品展示会を東京と大阪で開催する。各新商品の特徴を、担当者が取引先(小売り店のバイヤーが多い)に説明して回るスタイルは、ずっと変わらない。筆者はほぼ毎回訪れ“定点観測”してきた。その中で見えてきた傾向もある。
そこで同社を中心に、競合の土屋鞄製造所のこだわりも紹介し、カバンに対する消費者意識とメーカー訴求を考えたい。

カバンはあくまでも「物を運ぶ道具」

まずは吉田カバンの横顔を簡単に紹介しよう。創業は1935(昭和10)年、来年で85年となる老舗だ。業績も好調で売上高は約182億円(2018年5月現在)。2011年5月期は約130億円だったので7年で50億円も伸びた。
「PORTER(ポーター)」と「LUGGAGE LABEL(ラゲッジ レーベル)」という2大ブランドがあり、これらブランドの中に200以上のシリーズ数がある。すべてのカバンを国内の職人が手作りで行う「日本製」にこだわり、学生から社会人まで愛用者は幅広い。筆者の仕事仲間でも、20代の頃からポーターを何度も買い替える人がいる。
もともと同社は自社工場を持たず、社員デザイナーが企画を立て、外部の職人と1対1で向き合い製作するのが特徴だ。その製作哲学をこう話す。
「当社の開発理念は、腕利きのカバン職人だった創業者・吉田吉蔵の考えである『カバンは物を運ぶ道具でなければならない』が基本にあります。そのため、デザインだけの機能性のないポケットなどはつけません。企画は自由に発想しますが『物を運ぶ道具』という理念は徹底しています」(広報部兼プロダクトマーケティング部マネージャーの阿部貴弘氏)
愛用者からは「収納ポケットが多く、小物を入れやすい」(50代の男性会社員)という声も聞いた。後述するが、カバンに入れる荷物は増えているのだ。
近年の同社展示会ではリュック型も目立つ。都市部でリュックを背負い電車通勤する人が増えたのもあるだろう。事情はそれぞれだが、「両手が自由になる」「最近はリュックでないと荷物が入らない」という声は聞く。今回、目を引いたのは2シリーズあった。
1つは「ポーター フォーダブル」(今秋発売)というシリーズ。普段はサコッシュ(フランス語でカバンや袋)の背胴側に収納されているバッグが、広げるとデイパックやトートバッグやショルダーバッグ(商品は3タイプある)に使えるものだ。
「素材はコットンポリエステルで軽く、薄いながらも引き裂き強度に優れ、伸縮がしやすくなっています」(広報部の岡田博之氏)
出張や展示会の視察などで、予想以上に荷物が増えたときでも対応できそうだ。
もう1つは「ポーター エヴォ」(今秋発売)というシリーズ。8タイプあり、B4サイズの商品は15インチのPC、A4サイズは13インチのPC対応を訴求している。
展示会で配られた同商品の説明文には、「スーツスタイル、カジュアルビジネススタイルにも取り入れやすい」「カバン全体を軽く仕上げており、ファスナーや金具も軽量の素材を使った」という記述もあり、実際に持ってみると軽い。より軽量も最近の傾向だ。

消費者がカバンに求める「機能」

近年の消費者意識を吉田カバンはどう考えているのか。阿部氏はこう説明する。
「お客さまが吉田カバンに求める機能では、例えばノートパソコンやタブレット端末がきちんと収納できるかを気にする人が多いです。一時は重要なデータ流出を防ぐため、パソコンなどを持ち出し禁止にした会社も目立ちましたが、オフィスを離れても仕事ができる利便性は無視できず、クラウド化が進んだことで緩和されたように感じます」

近年はリュック姿のビジネスマンを街で見かけることも増えた(写真はイメージ、写真:studio-sonic / PIXTA)
スマートフォン1台でほとんどのことができる時代とはいえ、スマホの紛失リスクや画面の見やすさの巧拙もあり、パソコンを併用する人は多い。
また、これからの季節は荷物が増える傾向にある。熱中症対策でペットボトル飲料を携帯する人が増え、降雨やゲリラ雷雨に備えて、晴天でも折りたたみ傘を常備する人も目立つ。
そうなるとカバンに求められるのは、カバン自体の軽さや防水性もある。「ポーター エヴォ」でも強度と撥水性を訴求する。
ランドセルで有名な土屋鞄製造所も、2018年、水に強い「Plota(プロータ)」というシリーズの男性向け革カバンに新色を投入した。同社は革カバン専門メーカーだ。一般に、革素材は水に弱く、濡れるとシミになったり、水ぶくれとなったりするデメリットがある。
「この製品で取り入れたのが『防水ファインレザー』という素材です。革の表面にコーティングするのではなく、強力な防水材を繊維にまで浸透させました。防水や防油性を持たせつつ、 天然皮革が持つ質感を保つようにしています」(広報担当・前田由夏氏)
ビジネス現場では重要な役職を務める女性も増え、「プレゼンテーションの場でも持参できるカバンが欲しい」という要望も、同社に寄せられたという。
「そこで、女性向けには『HINON(ヒノン)』という別シリーズを開発。こちらも“雨にも負けない仕事鞄”としてご案内しています」(同)と話す。

「ストレスの少なさ」も重視

小物が増えると、収納や出し入れがスムーズにいかないときもあるだろう。とくに男性は、カバンのポケット別に財布や携帯などを分けて収納する人が多い。
「例えば一般的な金属製ファスナーは、向きによって開けにくくストレスがかかる時もあります。また、定期入れや名刺入れを収納するポケットの口元のステッチ(縫い目)に引っかかることもある。混雑する駅で、改札が近づいて定期入れを出そうとして引っかかると、気持ちが焦ると思います」(吉田カバン・阿部氏)
「それを避けるために当社のカバンには、ファスナーのエレメント(務歯)を一つひとつ研磨して滑りをよくし、開け閉めの際にストレスの少ない高級ファスナーのエクセラを使用したり、ポケットの口元にステッチを出さないタイプもあります」(同)
混雑する電車の車内でリュック愛用者のマナーを批判する声は目立つが、「以前よりは洗練してきた」という声も聞く。例えば背負わずに前掛けで乗る人はかなり増えた。そうなると、前掛けでもカッコいいカバンを開発する企画もあるだろう。
国内のカバン市場は「1兆1000億円弱」で推移している。矢野経済研究所が発表した「国内鞄・袋物小売市場」の調査では1兆0942億円(2017年度見込み)だった。この10年の同調査では一時9000億円を割り込んだが、再び回復基調にある。
低価格のカバンを選ぶ人、数万円以上のカバンを選ぶ人などさまざまだが、高額のカバンや日本製の品質のよいカバンは、インバウンド(訪日外国人客)にも人気だという。
ちなみにカバンの売れ筋の色は、男性では「ブラック」が圧倒的だ。「男性向けで売れる商品の8割以上が黒色」というメーカーもある。吉田カバンのように、遠目には黒に見えても、近くで見ると微妙な色合いになっていたり、迷彩柄を用いたデザインで訴求したりするケースもある。細部にこだわり、他人と差別化したい人に人気だ。
こうして考えるとカバンは、入れる荷物、使い勝手、軽さ、丈夫さ、デザイン性などの視点、そして「納得価格」かどうかで選ばれるようだ。カバンに対する思い入れは人それぞれ。今日の自分の行動に合わせて使い分ける人もいれば、気にしない人もいる。
最近はスーツケースを引く人も増え、当たっても痛くない素材を開発するメーカーもある。使う人の意識の問題も大きいが、メーカーなりに対策を立てているのが現状のようだ。