歯医者を選ぶとき、治療の値段だけで決めていないだろうか。ジャーナリストの岩澤倫彦氏が格安インプラント・クリニックに患者として潜入し、その実態を暴いた。

■歯医者なのに、お得キャンペーン

「この歯は抜くしかない」
歯科医からこう告げられた患者にとって、インプラント治療は極めて魅力的だ。入れ歯は老けて見えるし、ブリッジは両隣の歯を大きく削ることになる。インプラントなら、以前と同様の外見と機能を取り戻せるうえ、他の歯を削る必要もない。
インプラントは大きな利益を得られる数少ない治療法
ただし、インプラントは基本的に自由診療なので、歯科医の「言い値」。首都圏のクリニックでは、1本あたりの手術費用を40万円前後に設定しているところが多い。
保険診療が低く抑えられている中で、インプラントはクリニックにとって、大きな利益を得られる数少ない治療法なのだ。
一方、デフレ時代を反映するかのように、東京や大阪などの大都市で急増しているのが、格安インプラント・クリニック。相場の半分以下の費用設定で、患者数を伸ばしているが、インプラントが抜け落ちるなどのトラブルも多発している。
そこで私は、格安クリニックを覆面調査した。正面から取材を申し入れても、いい部分しか見せようとしないだろう。
選んだのは、インターネットで「施術数・累計3万本」「1本7万円~」と宣伝している東京都内のクリニックだ。JRの駅改札から徒歩1分。ラーメン店、寿司屋、カフェ、格安チケット店、キャバクラなどがひしめくカオスな界隈に、その格安インプラント・クリニックはあった。
幅約4メートル、5階建ての細長いビルのドアを押して、中に入る。すると、目の前にハシゴのような急勾配の階段があった。幅も狭い。隠れ家のような不思議な造りだ。
2階に上がると、受付カウンターには、無愛想な中年女性スタッフが2人、待ち構えていた。電話予約をしていたことを告げると、ニコリともせずに問診票を手渡された。
細長く狭い待合室には、2人の先客がいた。内装にお金をかけていないことが一目でわかる。壁には奇妙なポスターが貼られていた。
「ご家族・ご友人をご紹介下さい」
紹介者には1万円の商品券をプレゼント、患者は手術費用から1万円割引になるという。普通の医療機関では、まず見かけない“お得な紹介キャンペーン”だった。

■とにかく、インプラント一択

問診票の記載を済ませると、CTとX線の撮影のため、4階に行くように指示される。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Lorado)
急勾配の階段を上る途中、3階で思わぬ光景を目にした。ドアを開けっ放しにして、4人のスタッフがインプラントの手術を行っていたのだ。私の位置から、2メートルほどしか離れていない。感染リスクなど、考えていないのだろう。あっけにとられて見ていると、私に気づいたスタッフの1人と目が合った――。
乱立する格安インプラント・クリニックには、共通のビジネスモデルがある。「低価格」「豊富な症例数」「短期間の治療」を強調した派手な広告を打つ。そして、「無料のCT撮影とカウンセリング」で患者を誘い込むのだ。
実は、あるクリニックで私は歯根の先端に膿が溜まる“根尖病変”と診断された。担当した歯科医は「早めに抜歯してインプラントにするしかない」と言う。そこで友人の歯科医に相談してみると、意外な答えが返ってきた。
「根尖病変は“根管治療”で治る場合があるんだ。いきなり抜歯するなんて、ちょっと変だな」
歯を残す治療法があるなら、患者に伝えるべきだろう。それなのに、インプラント一択しか提示しない歯科医は、高い治療費を目的にしていると疑われても仕方がない。
CTとX線の撮影から3日後、カウンセリングを受けるため、格安クリニックを再び訪問した。
歯科医になって10年目という男が、プリントアウトしたX線画像を見せながら診断を告げる。
「検討してみたんですが、やはりこの歯はね、抜かなきゃいけないと思うんですねえ――。隣のこれも厳しいんじゃないかなぁ。弱った歯をインプラントの横に置くというのもよくないんで」
――2本とも抜歯?
「まあ、頑張って残したとしても、将来性があんまりない。だったら1度にインプラントをやったほうが患者さんも楽だと思います」
根管治療のことは一言も触れない。何も知らない患者なら、抜歯してインプラント以外の選択肢は存在しないと思うはずだ。軽い調子で、歯科医は言葉を続けた。
「インプラントの会社は300社くらいあるんですけど、S社が一番いい。“王様”って言われている。何がいいかというと、長期安定性。だから僕らは第一選択です。ただ欠点は値段が高い。でも今回は奥歯のインプラントなので、S社でやりたい」
――S社は、どれくらい持つ?
「S社なら10年で99%持ちます、余裕で! 一生持つ可能性もあります、絶対とは言い切れないけど」
――最安値のタイプは?
「日本のK社のワンピース・タイプね。これでも、できますよ。ただね、15万円(1本)というのは銀歯の値段。白くしたいなら20万円です」
――値段の差は何?
「国産K社のワンピースもね、一流です。でもS社は“超超一流”なんですよ。不思議なくらい持ちが本当にいい。じゃあ、S社でやった場合の見積書を出します」
――最安値の見積書は?
「全然いいですよ、もちろんです! 銀歯もね、実は悪くないですよ」
歯科医は、その場で手早く2つの見積書を作り上げた。インプラント2本で、S社は約80万円、国産K社で約35万円とある。

■僕が手術する人はアタリです!

この格安クリニックは、ホームページで「インプラント1本7万円~」と宣伝していたので、国産K社でも2本で14万円のはずだ。しかし、見積書には、上部構造(人工歯):8万3000円×2本分、静脈内鎮静法(麻酔):5万2000円が上乗せされ、合計35万8000円となっていた。
本稿は『やってはいけない歯科治療』(小学館)を一部抜粋、再編集したもの。
しかも、約8万円の上部構造は「銀歯」の料金。原価は1万円以下なので、「格安」と謳いながら、実はボロ儲けしているのだ。早速、歯科医は翌週に抜歯することを提案してきた。そして腕利きの自分が手術を担当すると、自信たっぷりに大見得を切った。
「僕がグループで一番手術をやっています。3年間で2000症例を超えています、余裕で。正直、僕が手術する人は“アタリ”です。自分で言うのもなんですけど」
インプラントで重要なのは、症例数よりも「手術の質」と「長期的な経過」だ。症例数が多いのは、安易に歯を抜いている、という見方もある。3年間で2000例の手術件数も、非現実的な数字である。大手インプラント・クリニックに勤務していた歯科医によると、年間300症例が限界だという。手術件数は第三者に検証できないので、ホームページに“盛った”数字を載せるクリニックもある。
気になったのは、格安インプラントの歯科医が、リスクや手術後の定期的なメンテナンスの必要性について、何も説明しなかったことだ。
「十分な情報提供を受けて、理解したうえで治療に同意を得る」=インフォームド・コンセントは、現代医療の常識。トラブルが起きたとき、裁判で負ける要因になるので、格安クリニックであっても、リスク説明は外せないはずだ。
考えられるのは、「まず先に抜歯をしてから、インプラントのネガティブな情報を伝える」というシナリオである。こうすると、インプラントのリスクを知ったときには、もう患者は後戻りできない。
2度目に訪れたとき、格安クリニックの待合室には、多くの患者がいたが、私には罠にかかった獲物に見えた。
(ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家 岩澤 倫彦 写真=iStock.com)