安倍首相の「最終決断」はまだ先だ
 拙論は再三再四にわたって、来年10月からの消費税増税は凍結または中止すべきだと論じてきたが、安倍晋三首相は15日、「予定通り実施」を表明した。「田村も観念せよ」との周りの声が聞こえるが、とんでもない。安倍首相が反対論に耳を傾け、今回も先送りする可能性は十分ある。
 首相発言や菅義偉官房長官の同日の発言を詳細にチェックしてみればよい。首相は「あらゆる政策を総動員し、経済に影響を及ばさないよう全力で対応する」と、増税による反動不況を警戒している。ということは、対応が不十分で経済への悪影響が不可避とみれば、躊躇(ちゅうちょ)なく増税予定を撤回する腹積もりとも読める。
 さらに菅官房長官は「リーマン・ショック級のことがない限り」と改めて増税の条件を示し、「状況を見ながら最終判断する」と語った。何のことはない。15日の「表明」は消費税増税の最終判断ではないのだ。
 経済情勢からみれば、増税を急ぐのは自殺行為同然だ。米中貿易戦争は激化し、中国の金融市場不安は高まり、中国経済が今後急速に減速するのは火を見るよりも明らかだ。
 もっと問題なのは米国経済だ。これまではトランプ政権による大型減税、インフラ投資を柱とする積極財政が功を奏して力強く景気を拡大させてきたが、インフレ率の上昇とともに金利が上がる。右肩上がり一方だった米国株価は急落し、調整局面に入った。
 保守系エコノミストを代表するマーティン・フェルドスタイン教授は金利高が株価の下落を招き、米国の景気後退局面に入ると、9月28日付の米ウォールストリート・ジャーナル紙に寄稿した。米株価の下落はその警告通り、起きた。
 米株価の変調には世界の株価が共振し、増幅するが、日本については株価だけでは済まない。日本の実体景気を左右する最大の要因と言っていい。2014年度の消費税率8%への引き上げ後、家計消費が大きく落ち込んだまま低迷を続ける日本は、輸出頼みで何とか景気を維持してきたが、何よりも米国のトランプ景気のおかげである。
 そのトランプ政権は日本との通商交渉で、「為替条項」を盛り込ませる強い意向を、ムニューシン財務長官が言明した。日本側は9月26日の日米共同声明でうたった日米物品貿易協定(TAG)では為替は含まれていないとしているが、英文の共同声明では「TAG」の表現は一切なく、「日米はモノばかりでなく、サービスなど早期に成果を生み出す重要分野についての貿易協定を交渉する」となっている。米側としては「早期に成果を生み出す重要分野」として為替を位置づけているのだ。
 トランプ政権の牽制(けんせい)で、輸出主導の日本は金融緩和による円安効果に頼れなくなる。となると、内需をデフレ圧力にさらす消費税増税はいよいよまずい。通商問題で対米関係にヒビが入るようなら、まさに習近平氏の思うツボにはまる。首相に予定通りの増税を催促するメディア、官僚も財界も自国の利益を無視している。(産経新聞特別記者・田村秀男)