お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田敦彦さんは、テレビ以外の活動に力を入れている。その理由は「やりたいことだけしていきたいから」。オンラインサロンの運営やアパレルブランドの立ち上げなど、活動の幅は芸人の枠にとどまらないが、本当にテレビ番組なしでやっていけるのか。『労働2.0』(PHP研究所)を発売した中田さんに聞いた――。

お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田敦彦さん(撮影=尾藤能暢)

■「東大ほどコスパの悪い大学はない」

――子どもの頃、「働く」ことにどんなイメージを持っていましたか。
有名大学を出て大手損保会社で働いていたオヤジは、俺にも同じような安定したキャリアを望んでいました。なので、「働くってそんなもんかなあ」と思ってましたね。
比較的勉強も得意だったので教育熱心な父の要望には応えられていましたが、オヤジが勧めるような大企業のサラリーマンとか弁護士、医者、官僚といった職業をいろいろ調べてみたとき、「楽しくなさそうではないけど、ほんとに俺がやりたいことか?」という疑問は拭えなかった。
そんな感じで将来について悩んでいた中で大学受験があって。はじめは「東大入ってやんよ!」とイキってたんですけど、よくよく考えると“東大卒”ってちょっとヘマしただけで「あの人、東大なのにねえ」とか、ちょっとでも変な言動をしたら「あの人は東大だから」とか、なにかと言われがち。努力の割に報われないことが多いことから、「東大ほどコスパの悪い大学はない」という結論に至り、結局、慶應一本でいきました。
ちなみに慶應を選んだのもコスパです。並び称されることの多い早稲田と比べても華やかでアカ抜けた印象があったので、だったらそういうイメージごと利用しようと思って。

■人の作ったコンテンツに没頭し続けられない

――高校時代から客観的にキャリアを考えているように見えますが、そういった第三者的な目線はいつ培われたものですか。
周りの人を見ているとスマホゲームしたり、映画に夢中になったり、オリンピックが始まるとめちゃくちゃ応援したりするじゃないですか。でも自分は人の作ったコンテンツに没頭し続けられなかったんです。要は、趣味がないんですよ。
一方で、僕は人生そのものをオープンフィールドのロールプレーイングゲームで、自分はそのゲームの主人公だと思っているんです。それが客観的視点につながっているのかもしれません。

■仕事と家庭の両立は「無理ゲー」だと気づいた

――RADIO FISHとしてのアーティスト活動や歌手のプロデュースに加え、昨年にはアパレル事業に参入されました(※)。中田さんが芸人以外の仕事を積極的にする理由はなんでしょうか。
※中田さんは2018年秋、「幸福洗脳」というファッションブランドを立ち上げ、“アパレル”という異業種に参入した。
2004年のデビューから15年間ほとんど休みなしで働いて、その間に結婚して子どもができて夫婦の問題にも斬り込みました。そこでようやっと気づいたんです、仕事と家庭の両立は無理ゲーであるということに。
仕事で収益をあげなくちゃいけないけど家庭の時間もおろそかにできない。出世しなきゃ、いい夫でいなきゃ、いいパパでいなきゃ……でもこれら全部が幻想だったことに気がつきました。
だってそんなに稼がなくたって生きていくだけなら今の金額でも十分だし、いい親じゃなくても子どもは育つ。おしゃれで優しくて料理上手で……みたいな“いい夫像”に関しても、世間が作り出したイメージに自分自身を当てはめようとしただけで、僕が目指したいものでもなんでもなかったんです。
そう考えたらもうすでにゲームはクリアしていて、あとは今日1日をどれだけ楽しく過ごせるかという勝負だけなんですよ。だったら、自分が楽しめる仕事をしたいなと思ったんです。
孫正義でもビル・ゲイツでも、人生の時間を2倍にすることはできない。だったら好きでもない場所に1日閉じ込められて莫大なストレスを抱えながら1億円生み出すより、清々しい1日から1円を生み出すほうがよっぽどいいし、楽だと思ったんです。
「清々しい1日から1円を生み出すほうがよっぽどいい」(撮影=尾藤能暢)

■3LDKから2LDKのマンションに引っ越した

そんなふうに思考がクリアになったら持ち物もどんどんシンプルになっていて、外出するときはスマホと財布だけ。クローゼットにある洋服も4セットのみ。家も3LDKから2LDKのマンションに引っ越しました。
嫁は最初「3Lないと不安~」とかって言ってましたけど、「ふざけんな、ビッグダディ見てみろよ」って説得して(笑)。結局、2LDKでもまったく問題ありませんでした。
そんな中で今の僕が親しいものを感じるのが、2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきさん(西村博之氏)。お金に執着せず、自分の心地よさを大事にして生活するスタンスに共感を覚えるんです。
――最近テレビのお笑い番組に出演されていないのも、「やりたい仕事」にこだわった結果でしょうか。だとすると、所属事務所である「吉本興業」にいづらくなったりしませんか?
お世話になったディレクターさんにお笑い番組の出演を頼まれても断ることもあります。「すいません、ちょっと今はやる気出ないっす」って。

■自ら売り出せば自分の「価格」を決められる

吉本に関しては単純に断ってる仕事があるってだけで、CMとか講演会とかお金になる仕事はがっつりやってその上がりを渡してるんで、まったくその点は問題ありません。
そもそも仕事量と金額は比例していないので、お金がたくさんもらえる仕事を少なくやるのが最も効率はいいですよね。でもテレビ番組はじめ、仕事のほとんどは相手がギャランティを決めてしまうので、自分ではコントロールできません。
しかし逆に自ら売り出せば、自分のギャラ・価格を好きに決めることができます。たとえば、今日着ている僕のブランドの革ジャンは20万超で売っています。商品が売れなかったら僕の負け。でも、そういうやり方で人を呼び込めるなら、稼ぎとしてはレギュラー番組なんて1本もいらないんです。
自分はそういうゲームの仕方で、「やりたいことだけして食っていこう」と決めたんです。
この日のコーディネートももちろん、「幸福洗脳」。着用しているシングルライダースジャケットは税込み21万3840円也(撮影=尾藤能暢)

■お笑い事務所に「入る」意義は薄れている

――中田さんが今でも「吉本」の組織人であり続ける意義はなんでしょうか。
これは僕個人というよりもう少し大きな視点から見た話ですけど、今お笑い事務所に“入る”意義はかなり薄れてきていると言わざるを得ないでしょうね。
これだけネットが台頭している今、面白いことをやりたい人はテレビを選ぶ必要がまったくありません。自分の表現を突き詰めたり発表したりしたいなら、SNSで十分です。
そんな中で僕の世代っていうのは、昔ながらのやり方、つまりテレビだけで逃げ切れる世代と、YouTubeをはじめとした新しい場所で生きていく世代との中間にいます。
中田敦彦『労働2.0 やりたいことして、食べていく』(PHP研究所)
ある芸人はNYに行き、ある芸人は小説家になり、ある芸人は絵本を書き、僕はビジネスをやっている。そんなふうにみんな散り散りになっているのが僕らの世代で、“ゴールデンの時間帯に冠番組を持つ”というひとつの出世コースがもたらす大きなリターンが失われたことを自覚し、何に価値を見いだして生きていくかをそれぞれ模索しているんです。
とはいえそれは芸人に限った話でなく、現代で働くすべての人に問われていることだと思います。
こういうことを話すと、「中田さんだからビジネスがうまくいっただけでは」と言われることがあります。でもそんなことは全然なくて、自分ではできて当たり前と思っているスキルが、隣村では死ぬほど望まれている能力である可能性は十分あります。例えば、ある業界での人脈は違う業界に行けばありがたがられます。
なので、自分の持っている武器をしっかり分析して、ぜひ皆さんも臆することなくいろんな世界にチャレンジしてほしいと思います。
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中田 敦彦(なかた・あつひこ)
マスターマインドエンターテイナー/オリエンタルラジオ
1982年生まれ。慶應義塾大学在学中に藤森慎吾とオリエンタルラジオを結成し、2004年にNSC(吉本総合芸能学院)へ。同年、リズムネタ「武勇伝」で『M‐1グランプリ』準決勝に進出して話題となり、2005年に「エンタの神様」(日本テレビ系)などでブレイク。バラエティ番組を中心に活躍する。2016年には音楽ユニットRADIO FISHによる楽曲『PERFECT HUMAN』を大ヒットに導き、NHK紅白歌合戦にも出場。2018年には、自身のオンラインサロン「NKT Online Salon」を開設。アパレルブランド「幸福洗脳」を立ち上げ、経営者としての手腕も注目されている。
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(マスターマインドエンターテイナー/オリエンタルラジオ 中田 敦彦 構成=小泉なつみ 撮影=尾藤能暢)