平成サヨナラ歌舞伎町~消えたヤクザとホームレス~
まもなく終わりを迎える「平成」はどんな時代だったのか。ここでは歌舞伎町に絞って振り返ろう。数多くの写真家が歌舞伎町に魅了されてきたが、20年以上撮影を続けているのは韓国人カメラマンのヤン・スンウー(52)だけだ。写真界の直木賞といわれる「土門拳賞」を、外国人として初めて受賞。とにかく被写体との距離が近い。ヤクザだろうが、喧嘩の現場だろうが、必ず声を掛けて撮影し見る者を圧倒する。しかし、被写体の宝庫だった歌舞伎町に、異変が起きているという。平成の最後に、ヤンと街を歩いた。
―“人間の匂い”を感じづらくなった
ネオンが眩しい風俗店。呼び込みの男たち。一見すると、歌舞伎町は以前とあまり変わっていないようだ。しかし、路上で目立つのは酔客ではなく、外国人観光客や親子連れ。どこにでもいたヤクザも見当たらない。「2004年の浄化作戦以降、ヤクザを路上で撮影できる機会は減っていきました」ヤンに言われて目線を上げると、防犯カメラが至る所に設置されていた。明け方まで歩いても、ヤンが撮影していた異常ともいえる熱気は感じられない。平成という時代は、歌舞伎町を他の歓楽街と変わらないクリーンでクールな街に変えてしまったのか。
―今も片隅に残る“人の熱”
「一晩中歩いても、シャッターを1枚も切れない時がある」というヤン。しかし粘り強く歩くと、歌舞伎町らしい光景がまだ少し残っている。この夜偶然出会ったのは、キャバレーの支配人・吉田康博さん(82)。歌舞伎町で60年以上働き続けている。「平成はネオン街にとって衰退の時代だった」ヤンは“狂ったように”キャバレーでシャッターを切った。撮影の合間に立ち寄るという居酒屋に向かうと、元ヤクザの古庄正裕さん(76)が重い口を開いた。かつては違法カジノなどで何億円も荒稼ぎしたが、いまは組の元部下と二人三脚で小さな店を明け方まで切り盛りする毎日だ。「昔はヤクザだらけで、喧嘩ばかりだったけど、そんな時代じゃないもんな。歌舞伎町の魅力は無くなってきたけど、俺にとって故郷。ここで死んでいくよ」ヤンは、義理や人情を重んじる古庄さんの生き様を、これからも撮影し続けるという。
―歌舞伎町を去った“詩人ホームレス”
かつては、深夜でも人がごった返していた旧コマ劇前の広場。いまは、人がまばらだ。「東京五輪に向けた再開発などで、ホームレスたちは、徐々にいなくなっていきました」この広場で暮らしていた一人が、通称・ゴン太(48)。複雑な家庭で生まれ育ち、二十歳の時に家を飛び出し、歌舞伎町でホームレス生活を送っていた。しかし重度の糖尿病が見つかり、数年前から川崎で生活保護を受けている。ゴン太はホームレス時代から詩を書き、ヤンは写真を撮る。2人は、それを贈り合う“友達”だ。平成の最後に2人は、思い出の歌舞伎町を歩いた。ファストフードの店長が、余り物をくれたこと。酔っ払いのサラリーマンが、缶コーヒーを置いて行ったこと。思い出すのは、多様な人々が集まる歌舞伎町で、時に触れた“人の優しさ”だった。「ネオンが僕の寂しさを、紛らわせてくれたのかなぁ」ゴン太を受け入れた歌舞伎町の姿は、もう無い。街を去っていくゴン太を尻目に、ヤンはこれからも歌舞伎町を撮影し続けるという。「未来と現在と過去は、まだまだ少し残っています。そこを僕は掘り下げて、令和の時代になっても、死ぬまで撮り続けます」
“狂気の”韓国人カメラマンが残した歌舞伎町の写真は、私たちの心に「平成という時代」をストレートに投げかけてくる。あなたが見た時代や歌舞伎町は、きっと彼の写真の中にある。平成の最後に懐かしい仲間と歌舞伎町で酒を酌み交わしてみませんか。
この取材の模様は、『テレメンタリー2019』で4月28日(日)早朝4時半から、テレビ朝日で放送予定(系列各局では放送日時が異なる)
ナレーションは、平成の伝説的バンド『NUMBER GIRL』を17年ぶりに再始動させる、向井秀徳が担当する。
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