瀬戸内の島々で「島ぐらし2.0」と呼ぶべき、新しい暮らし方をする人たちが増えている。香川県出身の麻酔科医・筒井冨美氏は「国内外の都市部から移住し、ITを駆使して、複数の仕事を掛け持ちする人が目立ちます。そうした人たちの話を聞くと、島の恵みにあらためて気付かされます」という。一体どんな生活なのか――。
豊島にある「ウサギニンゲン劇場」。

■「島ぐらし2.0」実践するグローバルな人材が瀬戸内に集結

筆者の実家は香川県なので、学生時代から帰省の前後に瀬戸内の島に立ち寄ることが多い。香川県や岡山県などに属する小さな島それぞれに固有の文化があり、陸地から数十分の船旅で上陸できるのでアクセスもよい。
直島、豊島、犬島を舞台にアート活動を展開する「ベネッセアートサイト直島」や、3年に1度の「瀬戸内国際芸術祭」(今年開催)の人気もあり、近年は外国人旅行者も目立つ。また、バブル崩壊後、瀬戸内の島々は過疎化と超高齢化が進む一方だったが、近年では若い移住者が増えている。
「離島への移住」と言えば、テレビ朝日系列で放送された大家族のドキュメント『痛快!ビッグダディ」のような「豊かな自然の恵み」「穏やかな時間」が思い浮かぶが、その一方で「刺激がなく退屈そう」「生計は立つのか」「子供の教育は」といった不安が頭をもたげる。
ところが、ここ数年の瀬戸内の島々への移住者は「東京・ニューヨーク・ベルリン・バンコクなどでの生活を経験した末に、この島に惹かれた」というような“グローバル人材”が目立つ。彼らは島の恵みを活用しつつ、「ITを駆使して世界と繋がり、アートやビジネスを興しながら、子育ても万全」といったライフスタイルを確立させつつある。筆者はこれを「島ぐらし2.0」と命名し、その特色をここに紹介したい。

【1:副業・複業どころか「3~4つの仕事掛け持ち」は当たり前】

都心部のビジネスパーソンにはいま、本業のほかに副業を持つ動きが盛んだが、「島ぐらし2.0」においては「1人(1世帯)が3~4つの仕事を持つ」ことは当たり前だ。
香川県土庄町の豊島で「ウサギニンゲン劇場」を主宰しパフォーマンスを観光客などに披露している平井伸一・絵美さん夫妻は、もともとドイツなど海外の都市を拠店に活動していた。2016年に移住し、豊島の古倉庫を自分たちで改造して劇場を主宰しつつ、菜園も行っている。今春からはAirbnbで民泊も始めた。
伸一さんは診療放射線技師の有資格者で、今後はネット経由で島外の病院と提携した遠隔医療にも興味を持っているという。この平井さん夫妻だけでなく「芸術系、観光系、農業系、ネット系」などを組み合わせて自分流の仕事ポートフォリオを組む移住者は数多い。
京都大学を卒業するものの、日本型長時間労働に疑問を感じ、2017年から豊島に移住してゲストハウスを運営する茂木邦夫さんは、2019年4月21日の統一地方選に出馬した。選挙戦ではSNSを活用する一方、息子を乗せたベビーカーを押しながらも島を遊説し、32歳の土庄町最年少町議が誕生した。

■「島ぐらし2.0」実践者はSNSを駆使して自在に稼ぐ、暮らす

【2:「週休4日」「冬休み1カ月」も自分次第】

瀬戸内の観光や農業シーズンは春・夏・秋なので、冬には長期休暇を取ることが可能である。店を閉めて「1カ月アジア滞在」「海外の芸術祭に参加」「東京に里帰り」などでリフレッシュすることも簡単にできる。基本的には過疎地域であり、家賃も「無料~激安」なので固定費が少なく、治安も良好なので、店を長期間閉めても都市部ほど問題はない。
また、カフェ経営も「土曜・日曜・月曜のみオープン(週休4日)」など、自分の体力やヤル気に合わせた無理のないスケジュールが組みやすい。よって「子供が卒業式なので午前中休店」のような個人的都合で休むことが容認される緩やかな空気も、島の魅力でもある。
豊島にいるヤギ(撮影=筒井冨美)

【3:日本政府よりも、頼りになるのはGAFA、SNS、LCC】

国土交通省には離島振興課があり、「租税特例措置」「離島創生プラン」「インバウンド観光」「アイランドツーリズム」などを掲げているが、実際に「島ぐらし2.0」を支えているのは、読者の皆さんにもおなじみのGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表される多国籍IT企業のインターネットサービスである。
カフェの集客や採れ過ぎた農産物販売に、SNSは欠かせない。コンビニも本屋もない離島ではアマゾン通販は物流の生命線ということもあり、瀬戸内海でも当日か翌日に届くようなインフラが整っている。派手な広告を打たなくても、面白そうなアートやサービスを提供すれば、旅行者がSNSでシェアしてくれるので、それが次の旅行者への宣伝になる。
旅行者の多くが利用する高松空港は、地方空港としては早い時期から国内外のLCC定期便を受け入れている。ジェットスターならば閑散期には成田―高松往復が1万円未満であり、アジア諸国からも中国・韓国・台湾・香港からの定期便が就航している。
移住までの情報収集にもSNSは欠かせない。SNSですでに移住した先輩住民にコンタクトをとって、国交省のパンフレットなどには載っていない生きた経験談を集めるといった対策もできる。
また、いろんな島の移住民同士がSNSで生活情報の交換を頻繁に行うようで、筆者は、豊島における今回の統一地方選(町議選)情報を、少し離れた男木島(おぎじま・香川県高松市)のカフェ「ダモンテ商会」のマスターから教えてもらった。そういうコミュニティも「島ぐらし2.0」に一役買っているのだろう。

■「島ぐらし2.0」だから最新テクノロジーも充実

【4:Airbnbやドローンが活躍中、そして「海のUber」も】

都市部にあるAirbnbは既存のホテル業界と競合することもあり、宿泊施設としての評価は必ずしも高くないが、既存ホテル産業のない島では歓迎されている。「墜落したら危険」と都市部では禁止されることが多いドローンも、たくさんの島がある瀬戸内海では「ドローンによる小規模物流」のベンチャー企業が存在し、おおむね歓迎されている。さらに、「2019年瀬戸内国際芸術祭」では「海のUber」とでもいうべき「スマホアプリで手配できる個人旅行客向け海上タクシー」も企画されている。
既存産業がなかった分、一気に最先端テクノロジーを導入できる可能性を「島ぐらし2.0」は秘めている。
女木島の海岸とアート作品(撮影=筒井冨美)

【5:成功の基準は自分で決める】

「島ぐらし2.0」実践者たちの目標は、必ずしも世間一般の「成功」とは一致しない。前述の平井夫妻は自作の楽器と映写機を使ったパフォーマンス・アーティストだが、武道館コンサートやミリオンセラーの印税収入を目標にしているわけではない。むしろ、島を訪れる数十人の顔の見える観客に作品を披露して、双方向のコミュニケーションを持つことに満足しているようだ。
その他、島の畑を荒らす猪を駆除するだけではなく解体して旨いベーコンに加工する、地面飼いの鶏から健康な卵を採る、天日干しで塩を作る、など自分だけのオリジナルな楽しみを追求する者が多い。
「島ぐらし2.0」実践者の多くはブログやSNSを開設してはいるものの、PV数を競うわけではない。グーグルの「AdSense」やアマゾンの「アフィリエイト」などの広告はないし、noteなどで小銭を稼ぐ移住者も見当たらない。

【6:島人と移住者、子はかすがい】

本当に移住しようとする際、地元民とうまく人間関係が作れるかという点に不安を抱くが、現状ではその点に関するトラブルの話は聞こえてこない。なぜなら、地元民は高齢者が多く、30代ぐらいの移住者は嫁姑を超えて孫のような存在だからだ。例えば、平井夫人が島で懐妊した時には、「ウチの集落で10年ぶりの赤ん坊が誕生するぞ」と、曽孫でも授かったかのように地元のおじい・おばあが大喜びしたそうだ。
瀬戸内に浮かぶ男木島のような総人口100人強の島では、子連れファミリーが3世帯移住するだけで、島の空気が一気に活気づいたそうだ。2011年に少子化で閉鎖された男木島小中学校も2014年に再開された。2016年には同校の敷地内に保育園が併設されたので、0~15歳が集うユニークな教育施設となった。ここでも「子はかすがい」のようである。
以上が、「島ぐらし2.0」の特色だが、彼らのライフスタイルはこれから他の地域へと普及する可能性が高いと筆者は予想している。なお、下記は筆者が独断で選んだ、4、5月の大型連休に「島ぐらし2.0」を体感できるスポットである。

■筆者の独断で選ぶ、GWに「島ぐらし2.0」体感スポット

<豊島(てしま):約800人>

1970-2000年頃は、地元香川県では産業廃棄物の不法投棄で名前を知られた島であった。現在では、「ベネッセアートサイト直島」の一部として知られるようになった。「豊島美術館」「横尾美術館」「心臓音のアーカイブ」などの芸術施設もあるが、直島に比べて小規模であり、それゆえに素朴で穏やかな島ぐらしを体感できる。
【豊島ウサギニンゲン劇場】平井夫妻のパフォーマンスを鑑賞できる劇場。東京やベルリンでの生活を経て、2016年から豊島ウサギニンゲン劇場を拠点に活躍中。ビール片手に干渉できるユルさが嬉しい。2018年には待望のベビーも誕生したので、2019年春はベビーを背負ったままでのパフォーマンスが観られるかもしれない。終了後、ステージに上がって楽器を見せてもらえたり、アーティストに直接質問できたりするのも楽しい。
また、「ウサギハウス」という民泊も2019年春からオープンしている。すぐ裏手の棚田を散歩すれば、遠くに海や豊島美術館を眺めつつ放牧ヤギやら牛を観察することができる。詳しい公演スケジュールや宿泊予約はホームページやSNSを参照。
「食堂101号室」の焼酎と前菜(撮影=筒井冨美)
【食堂101号室】古民家を改装したカフェ&食堂。島で採れた天然塩・米・野菜・地鶏卵を盛り込んだ季節感あふれるランチプレート、地元の柑橘類を使ったカフェメニューが評判。少人数で切り盛りしているので、あらかじめホームページでスケジュールを確認しておきたい。ディナーは予約制。
【Commune発酵Café&Bar+Stay】2019年春、「心臓音のアーカイブ」近くにオープンした古民家を改装したカフェバー。地元食材を使って、甘酒や醤油麹など自家製発酵食品を使った料理やデザートが美味しい。店主の手が空けば、発酵への熱い想いを語ってくれるハズ。店の前は猫のお散歩コースにもなっており、海がちょっとだけ見える。民泊も可能。
【豊島ゲストハウスmamma】前出・土庄町最年少町議となった茂木さんが運営する、元乳児院を改装したゲストハウス。食堂と銭湯も併設されている。「英語対応もがんばっていいます」とのこと。

<男木島(おぎじま):約100人>

JR高松駅に隣接する高松港から定期便が出ている。平地が少なく、石垣や板塀に囲まれた集落を坂道や石段が迷路のように広がっている。坂道の徒歩移動は体力が要るが、家々の隙間から見える海は美しい。
数年前から「猫の島」として全国的に知られるようになり、多くの愛猫家が訪れたが、糞尿害対策などで地域ネコの去勢手術が進み、人口(猫口?)減少で子猫も見かけなくなったので猫好きはややガッカリかもしれない。
【オンバファクトリー、オンバカフェ】オンバとは元々は乳母車を意味していたが、島では(主に高齢者用の)手押し車を指している。オンバファクトリーはアーティスト夫婦が男木島に工房を構え、使用者のイメージに合わせた装飾を施したオンバをオーダーメードで受注生産している。このオンバは島内のあちこちで現役活用されており、路地をカラフルに彩っている。工房は公開され隣にはカフェがある。
「オンバファクトリー」制作中の作品(撮影=筒井冨美)
【ダモンテ商会】世界を旅した後に男木島に縁を感じて移住したダモンテ夫妻がオープンしたパン屋兼カフェ。古民家を改装した二階席から眺める海は絶景。島で捕獲した猪も食べられる。パンやグラノラが気に入ったら、島外からのネット通販も可能。
「ダモンテ商会」2階席から眺めたフェリー(撮影=筒井冨美)

■瀬戸内の島旅をより楽しむための心得5カ条

豊島美術館と朝日(撮影=筒井冨美)
(1)不便やハプニングも旅の一部と心得るべし。直島を唯一の例外として、コンビニや洗練されたリゾートホテルは存在しない。Airbnbなどの宿泊施設のトイレは簡易水洗がメインである。夫婦や少人数で運営しているので、突然の休業はしょっちゅうである。ネットで事前のスケジュールチェックや、紫外線対策や海辺の突風対策(帽子の紐など)をお忘れなく。
(2)どれも小さな島なのでGW中のアート施設は予約制(特に芸術祭期間)のところも多い。ネットで下調べや予約しておき、「予約時間のある施設→予約はないが開閉館時間のある施設→時間制限のない屋外アート」の順に回るとよいだろう。
(3)アートやカフェとの出会いは一期一会であり、予期せぬ休業に出会ったときには諦めることも肝心である。その分、他のアートや景色をゆっくり観よう。あるいは、その辺の地元民に聞くと、代わりの店を教えてもらえることもある。
(4)島ぐらしは早寝早起きが基本となる。「朝は暖かいコーヒーを水筒に入れて散歩して、日の出を眺めながらのコーヒータイム」なども島ならではの時間である。夕日や満点の星をゆっくり眺める時間は贅沢である。ただ、夜中は野生動物も出没するので、さっさと寝て翌朝に備えるべき。
(5)船の時刻表は要チェックだが、移動手段として海上タクシーを使う方法もある。以前、筆者は「豊島→男木島(定員12名)」で利用して20分1万円だった。グループ利用ならば、リーズナブルだろう。また、今春営業を開始する「海のUber」ともいうべき「海のMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」にチャレンジするHoraiも、活躍が期待される。
男木島にある土に還るトラック(撮影=筒井冨美)
(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 撮影=筒井冨美)