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●「身だしなみ」としてのスーツ選び

世の中の大半の仕事は、人がいることによって成り立つ。そもそも取引先がいなければ仕事の受注がないわけだし、上司や先輩のサポートもなくいきなりバリバリと業務はこなせない。

多くの他人が関係してくる以上、相手に対する敬意やマナーが必要となってくる。だが、職場で使用するツールの使い方や業務上必要なタスクを先輩社員からレクチャーされることはあっても、ビジネスマナーをイチから教えてもらった機会がある社会人は少ないはずだ。そのような人は、無自覚のうちに礼節を欠いた態度をとってしまい、ビジネスチャンスを逸してしまう恐れがある。

そこで本連載では、筑波大学および札幌国際大学の客員教授を務めながら、大学や官公庁などで「職場に活かすおもてなしの心」をテーマとした講演や研修を手掛ける江上いずみ氏に、社会人として知っておくべきビジネスマナーを解説してもらう。

○第一印象を高めるための「5原則」とは

就職活動が解禁になり会社訪問を始める就活生にとっても、また就職先にデビューする新社会人にとっても、新たな夢の実現に向けての大切な時期を迎えました。おそらく胸を高鳴らせながら緊張した面持ちで、新しい世界への第一歩を踏み出そうとしていることと思います。

そういった夢いっぱいの若者を迎え入れる上司や先輩たちは、人柄や性格、能力と同等に、いえそれ以上に「第一印象」を重要視していると思います。その第一印象を高めるための「5原則」があり、大きく「視覚」からくる印象と「聴覚」からくる印象に分かれます。

視覚からくる印象は「身だしなみ」「表情」「態度」、聴覚からくる印象は「挨拶」「言葉遣い」です。一度悪い印象を与えてしまうと、それを覆すにはその何倍もの時間がかかってしまいますから、初対面で良い印象をもってもらうことは新社会人としてとても重要なことです。そこで、記念すべき連載第1回として、「身だしなみ」についてお話ししたいと思います。

○「おしゃれ」と「身だしなみ」の違い

就活の面談においても、新入社員として職場に行く際にも、初対面の方々に良い印象を与えるための「身だしなみ」はかなり気を配る必要があります。では「身だしなみ」とは何でしょうか。

「おしゃれ」と「身だしなみ」は違います。「おしゃれ」は自分のためにすることです。例えば自分の好きな洋服を着て、自分の好きな香水をつけることです。これに対して「身だしなみ」は自分のためだけではなく、「一緒にいる人に不快な想いをさせないこと」です。自分が好きな香水の匂いを他の人も好ましいと思うとは限りません。もしかしたら不快に思う人がいるかもしれないと思えば、職場にキツい香水をつけていくべきではない、ということです。

身だしなみの基本は以下の3点です。

1.清潔であること……これはすべての場合の基本です。どんなに素敵なスーツを着ていても、ワイシャツの首回りや袖口が黄色く変色していたらそれだけで台無しになってしまいますし、肩にフケがいっぱいという男性ではどんなにイケメンでも魅力は感じないでしょう。

2.控えめで機能的であること……大勢の就活生や新社会人がいる中で、少しでも目立とうと派手なスーツを着て行けば、上司や先輩から「まだ仕事も覚えていないのに格好だけは一人前だな」と思われてしまうかもしれません。就活生や新入社員は「スーツで個性を出す」べきではなく、「控えめな中にも何かキラリと光るものがある」と思われることで評価されなければなりません。また、女性がピンヒールや大きなブーツを履いて職場に行くのも「機能的である」とは言えませんから、靴選びも大切なポイントのひとつです。

3.常識的で誠実さが感じられること……職場にふさわしい格好であることは不可欠ですから、「この人に仕事を任せたい」「この人を採用してみたい」という誠実さをアピールすることが大切です。そういった意味でも就活生や新社会人は、悪目立ちせず、好印象を与えることのできるスーツを選ぶべきでしょう。

では、具体的に好印象を与えるスーツとはどのようなポイントで選べばよいでしょうか。昨今の就活生は本当に100%近い人が黒いスーツを着て会社訪問をしています。

しかし、ひとたび社会人になれば、黒は「冠婚葬祭に着用する色」というイメージが強いため、黒ではなく、紺や濃いグレーなどいわゆるダークスーツを着る方が好ましいといえます。濃紺やダークグレーは落ち着いた印象、知的なイメージを与えます。新人や若手のうちはダークカラーのスーツを選び、年数やキャリアを重ねるにつれて、季節に合わせた明るいグレー系のスーツも着こなせるのが理想的なスーツ選びと言えます。

●スーツのボタンの留め方・外し方のマナーを学ぶ

ビジネスにふさわしいスーツを選んでも、その着こなしのマナーを知らなければ台無しになってしまいます。そこでスーツのボタンの留め方、外し方のマナーについてお話ししたいと思います。ただ、男性用スーツと女性用スーツではその構造が違うため、着こなしのルールも違います。まずは男性編からみていきましょう。

○正しい男性スーツの着こなし方

まず男性のスーツには2つボタン、3つボタン、そして3つボタンのうちの一番上のボタンが襟の折り返し部分に隠れる「段がえり」というタイプがあります。どの形であっても、一番下のボタンのことを「飾りボタン」といって、留めないのがマナーです。

この写真を見ていただいてもわかるように、どのスーツも一番下のボタンが見えています。つまりボタンホールから離れた位置にボタンが付けられている=スーツがそういうデザインになっているということです。上のボタンだけを留めることによって、フロントカットの部分が少し開くようになり、より着こなしやすくなるので、スマートな印象を与えることができます。几帳面な人はボタンがあればすべて留めたくなるかもしれませんが、一番下のボタンを留めてしまうと、スーツそのもののシルエットが崩れてしまうので、「一番下のボタンは留めないで着こなすのがマナー」と覚えましょう。

さて、そのボタンの留め方、外し方にもマナーとルールがあります。基本的に立っているときは留め、座っているときは外すというのが本来のスタイルです。アメリカ映画を観ても、ビジネスマンが座るときにボタンを外して会議に臨み、ひとたび会議が終わったら立ち上がる瞬間にスッとボタンを留める、というシーンがよく出てきます。他社を訪問し、応接室に通されて座っているときは外していても、先方が入ってきたらすぐに立ち上がり、ボタンを留めて挨拶、名刺交換をする。それがビジネスマンとしてのボタンの着脱マナーになります。

○新社会人は2つボタンがベター

ところで、就活生・新社会人は2つボタンと3つボタン、どちらのスーツを選ぶべきでしょうか。

2つボタンのスーツは、最もスタンダードなスーツで、「場所を選ばない」スーツと言えます。フォーマルな場所でもカジュアルな場所でも、どのような場所でも着用することができ、業種や社風を問わないオールマイティーなビジネスアイテムと言えます。

では3つボタンのスーツはどうでしょうか。スーツ発祥の地はイギリスだと言われていて、英国風のクラシックなスーツには3つボタンが多く採用されています。スタイリッシュでタイトなラインになるので、日本でも近年、若者を中心に人気があるデザインです。

しかし基本的にはおしゃれなパーティなどカジュアルな場所に向いているスーツとも言えますから、「悪目立ちせず、好印象を与えるスーツ選び」という観点でいえば、就活生・新社会人の方には2つボタンのスーツ着用をおすすめしたいと思います。

○正しい女性スーツの着こなし方

では女性用のスーツはどうでしょうか。女性用スーツは、歴史が古く伝統を重んじる風潮が根強い男性用のスーツと比べ、比較的自由な着こなしが許されています。そのためボタンの数は、そのときの流行に左右される傾向にあり、男性用ほどの意味は持ちません。かつては3つボタンが主流でしたが、現在は、1つボタン、2つボタンが人気の主流になってきました。従って、ボタンの数にこだわるよりも、色やデザインの印象で選べば良いかと思います。

しかしボタンマナーについては配慮すべきポイントがあります。女性用スーツは、男性用スーツのボタンマナーとは異なり、すべてのボタンを留めるのがマナーです。女性用のスーツはそのようにデザインされているということです。従って、「歩くとき」「応接室に通されて座ってお待ちするとき」「挨拶や名刺交換をするとき」などのシーンは、すべてボタンを留めたままにするのがマナーとなります。

では長時間の会議など、座って仕事をしているときも常時ボタンを留めておくべきでしょうか。それはその人の体型とスーツのゆとりによって臨機応変に考えてもよいかと思います。

ボタンを留めたまま座るとジャケットのシルエットが崩れてしまい、スーツ姿がかえって不格好に見える場合もあります。また、お腹まわりのジャケット生地が張っていると相手に窮屈な印象を与えかねません。タイトなスーツを着ていて、「座るときはあえてボタンを外す」ことが相手への心遣いになると判断したのであれば、挨拶時や名刺交換時は必ず留めるという大原則さえ守れば、それもありかと思います。

●ボタン以外の正しい着こなしマナーを学ぶ

○ジャケットのフラップは出してOK?

スーツにはボタン以外にも好印象を与える基本マナーがあります。1点目はジャケットのフラップです。ビジネスシーンにおいて「フラップは出していてよいのか否か」を迷っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

フラップとは、ポケットのフタのことで、屋外での雨避け(ほこり避け)のために取り付けられている物です。従って雨に濡れることはない屋内においては、フラップをポケットの中に入れるのが基本です。つまり「室内ではしまう・屋外では出す」のがマナーということになります。

しかし現代のビジネスシーンでは室内と屋外を行き来するシーンも多く、室内でフラップを出したままにしていてもマナー違反と責められるようなことはなくなってきました。

とはいうものの、タキシード、モーニングなどの礼装は、屋内使用が前提のため、フラップは取り付けられていません。つまり結婚式などフォーマルな場にダークスーツで参列する場合は「フラップはしまうのがマナー」になりますので注意しましょう。

普段のビジネスシーンでは出したままでも問題ないかもしれませんが、就職活動での面接試験や大切な取引先との商談の際にフラップを内側に入れておくと「スーツのマナーを正しく理解している」と見てもらえるかもしれません。

○常にきれいなシルエットを保とう

2点目はスーツのシルエットです。スーツの型が崩れてしまうとだらしない印象を与えてしまいますから、常にきれいなシルエットを保つように心がけることが重要です。

シルエットを崩すものとして注意したいのがジャケットのサイドポケットです。このポケットは「最も使うべきではないポケット」とされています。理由として、サイドポケットに何か物を入れてしまうと、重みでシルエットが崩れるのが非常に顕著であるからです。しかも両方に同じ大きさ・重さの物を均等に入れて使うということは少ないでしょうから、片側だけがダラリと下がってしまいます。

スーツのポケットは便利なようで、実は「使うために作られた物ではない」ことが基本ですので、ボールペンやスマホ、財布、ハンカチとたくさんの物を入れずに、美しくスーツを着こなしたいものです。面接時や先方への挨拶、会合時には、上着の内ポケットに名刺入れを入れる程度にとどめ、それ以外の物はかばんの中にしまっておくことがビジネスマナーです。

○新社会人として印象を良くするために

面接時や入社式など、社会人として踏み出すための第一歩として、好感の持てる着こなしの話をしてきましたが、私が普段学生に一番指導している話は「前髪・横の髪による印象」についてです。

上の写真をご覧いただいてもわかるように、同じ笑顔であっても前髪・横の髪をきちんと整えることによって印象は大きく変わります。後ろに髪をまとめても、耳の前の髪を数本ヒュルヒュルと垂らしている人をよく見かけますが、これは社会人の髪型としてはいただけません。また、額を出すと知的に見えます。前髪・横の髪・後れ毛などはムースや髪をまとめるワックスでしっかりと固めましょう。

ショートカットの女性や男性についても同様です。前髪をおろすと幼稚な印象を与えてしまいますので、額と耳を出して髪型に留意し、「視覚」からくる第一印象を大切にしていただきたいと思います。

○まとめ

就活生や新社会人の方々に役立てていただきたいという想いを込めて、相手に好印象を与えられる「身だしなみ」の第一歩をご紹介しました。

社会人としての経験を重ねるにつれ、仕事を覚えたり、人間関係を構築したりすることなどに必死で、服装のことは少しずつ後回しになっていくかもしれません。しかし、相手に好印象を与えるためのマナーやルールは社会人として活躍するうえでは必要不可欠です。

身だしなみは無言のメッセージです。話さなくても、外見である程度判断されてしまいます。信頼を得るのか、信頼を失うのか、身だしなみを整えることは信頼関係の重要な要素です。周囲から好感を持たれる清潔感のある身だしなみでいられるよう、常に努めていただきたいと思います。

○著者プロフィール: 江上いずみ(えがみ・いずみ)

筑波大学客員教授・札幌国際大学客員教授・Global Manner Springs代表。東京生まれ。筑波大学附属高等学校から慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1984年日本航空入社。客室乗務員として30年間で約19,000時間を乗務。オリンピック・パラリンピック教育担当講師として全国の小中高校で「おもてなしの心」をテーマに講演。国内外での年間講演数は250回に及び、「おもてなし学」の構築に取り組む。主な著書は「幸せマナーとおもてなしの基本」(海竜社)、「“心づかい”の極意」(ディスカバートゥエンティワン)