前回に続き、武蔵小杉のマンションポエムを見ていこう。すっかりこの町のハイテンションぶりに唸らされている。たとえば、マンションを木に喩えたこんなポエムがあった。
【写真】武蔵小杉のマンションポエム「都心だけでは、ものたりない人々へ」

三井不動産レジデンシャル「パークシティ武蔵小杉 ザ ガーデン」ウェブサイトより
「小杉」なのが悔やまれる大木ポエム。タワーマンションの巨大さをこのような比喩で謳い上げる例はこれまで見たことがない。

「シンプル」「ミニマル」を良しとする傾向に反して

 要するに「大きいことはいいことだ」という趣旨だが、これは昨今なかなか言えることではない。生活全般において「シンプル」「ミニマル」を良しとするのがここ20~30年の傾向だからだ。
 たとえば武蔵小杉そばの「THE RESIDENCE 小杉陣屋町」(三井不動産レジデンシャル)は「時に磨かれ、時を継ぐ低層。」という低層ポエムを謳っている。このように、高層よりも低層物件のほうが大きさ(というより小ささ)についてアピールする傾向が昨今のマンションにはある。そんな情勢にあって「どうだ、大きいだろ、すごいだろ」と謳う大艦巨砲主義。皮肉でもなんでもなく、心底すごいと思う。さすが武蔵小杉。
 このように、地名に絡めて植物モチーフで謳い上げる当地のポエムだが、豊富な緑、大きな公園、河原などを「自然」と位置づけ、そこから「やすらぎ」「うるおい」などのキーワードへ敷衍していくのはマンションポエムの常套手段だ。つまり、マンションポエムにおいてグリーン/自然は「機能」なのだ。多くの場合「都市の華やぎも、自然の潤いも」といったぐあいに都市的なものとの対比として登場する。この2つはマンションポエムにおける2大機能である。
 しかし、武蔵小杉のマンションポエムはこの点、ひと味違う。
《都市と自然を対立軸で語るのはやめよう。なぜなら、両方の魅力を兼ね備えた街がここにある。》
(三井不動産レジデンシャル『パークシティ武蔵小杉 ザ ガーデン』ウェブサイトより)
 そのふたつを対立軸で語ってきた急先鋒はあなたたちでしょうに、と言いたくなるがそれはひとまず置いておこう。ここで注目したいのは、武蔵小杉には都市的な要素も自然もすべてがそろっている、と自認している点だ。

「都心だけでは、ものたりない人々へ」

 これに加え、以下の威勢の良いポエムをご覧いただきたい。
 どことなくデイヴィッド・ホックニー風のイラストも気になるこのポエム。90年代までは、いかにも川崎市といった趣の、特に注目されるような街ではなかった武蔵小杉だが、いまや住みたい街ランキングでも上位にランクインする人気っぷり。他の南武線沿線のマンションが「渋谷まで○○分」あるいは「横浜を庭にする」など、大都市へのアクセスの良さをウリにする中、このポエムはつまり、東京にも横浜にも頼らないぞ、と言っているのだ。
 マンションポエムの2大要素、都市と自然を兼ね備え、東京にも横浜にもおもねらない。もしかして武蔵小杉は独立しようとしているのではないか。そういえば『ルポ 川崎』の著者である磯部涼さんはインタビューで、同書の営業を武蔵小杉の書店で行ったところ「うちは“川崎”じゃないんで」と言われた、というエピソードを語っていた(講談社・現代ビジネス「『ここは、地獄か?』川崎の不良社会と社会問題の中で生きる人々」  )。
 元工場の敷地にたくさんのタワーマンションとモール、そして「自然」たる緑地をつくった武蔵小杉。だんだんこの街が宇宙コロニーに見えてくる。その住人たちはさしずめニュータイプだ。(初出「アットホーム」ウェブサイト)
(大山 顕)