日本には「労働基準法」を筆頭とした労働法がある。だが法律の意味を、従業員も、会社側も、正しく理解していないことが多いため、解雇などをめぐってさまざまなトラブルが起きている。日本の雇用の7割を占める中小企業で起きている「非円満退職」の実態を紹介しよう――。(前編、全2回)

■企業への有休取得の義務化が始まる

今年4月1日から働き方改革関連法が施行されました。ポイントは主に2つ。ひとつは残業の上限規制(原則:月45時間、年360時間)。もうひとつは有休の確実な取得(企業側が毎年5日、時季を指定して有給休暇を与える必要がある)です。
前者の適用は大企業と中小企業では異なり、中小企業への適用は来年4月に先送りとなっています。なぜ大企業と中小企業で異なるのか。それは労働の実態を加味した判断ともいえそうです。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/taa22)
中小企業では、解雇などをめぐるトラブルが起こりがちです。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏は、実際にあった解雇事例について『日本の雇用終了』と『日本の雇用紛争』(いずれも労働政策研究・研修機構)という本にまとめています。ここで紹介される事例も、ほとんどが中小企業なのです。
日本の雇用の7割は中小企業です。多数派ですから、多くなるのは当然でしょう。しかし理由はそれだけではありません。中小企業では労働法を正しく理解していない経営者や管理職が多いため、「何かあったら即解雇」といった事態になりやすく、結果として従業員とのトラブルが起きやすいのです。
いったいどんな問題が起きているのか。今回、次回と2回にわたり、『日本の雇用終了』とその続編である『日本の雇用紛争』に掲載されている事例を紹介していきます(引用文の前に●を記載。一部、読みやすさを考慮し改変)。

■「ウチに有休はない」と言われ解雇

たとえば、日本の中小企業の現場には、次のような現実があります。
●身内の不幸で有休を申し出たら、店長が「うちには有休はない。今まで使った人もいない。いきなり言われても困る」等と不明瞭な回答をし、それでも有休を取得したが、その後解雇された(正社員男性)
●社長に有休を願い出て了解を取ったにもかかわらず、その初日に「会長が大変怒っておられる。2週間も有休をとるような無責任な人は、うちには要らない」と連絡され、有休後出勤すると、会長から「要らないとは解雇の意味である」と通告された(正社員女性)
労働基準法第39条によると、6カ月間勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、正社員、非正社員に関わらず、10日間の有休を付与することが企業に義務付けられています。
今回の措置は、それでも有休が取得されないので、確実な取得を企業側に義務付けたもの。「うちには有休がない」「有休をとるのは無責任な人だから解雇して当然」というのは明らかに法律違反です。
それも知らない、もしくは知っていても労働者の無知につけこむ経営者やマネジャーがいて、有休取得が解雇にまで発展してしまうような企業において、5日間の有休義務化がきちんと励行されるでしょうか。

■育休を取得したら雇い止めに

濱口氏は、こうした労働者による当然の権利行使を認めず、それに対する制裁として会社が解雇を行った事例を「最も客観的合理性に欠ける」と指摘しています。
次の事例もそうです。
●保育園に勤務しており、産休後、育休を取得したいと申し出たが「パートに育児休業はない」と言われ、改めて話し合いに行ったところ、1年間の取得が認められた。ところが契約更新について確認すると「園児の人数が分からないので更新の約束はできない」と言われた。
ところがその後、園児が予定より増えたためとして、本人以外の2人のパートについては契約の継続を決定したが、本人は雇い止めとなった(非正規女性)
有休や育休取得は労働者の権利であり、当然、パートにも認められます。これらの会社の人事や経営者は労働法をまったく理解していないのでしょう。

■「使えないものは捨てる。ぼろ雑巾と同じだ」

加えて、以下のように一般的な社会正義を主張する行為をとると、組織の裏切り者と見なされ、解雇されてしまう場合があります。
●打ち合わせのための理事会と称して理事と職員たちが宿泊ゴルフをしていることを新聞社に匿名で告発したことが会社に発覚し、諭旨解雇された(正社員男性)
●施設長が障害者である職員にパワハラしていることを代表者に訴えた同僚が解雇されたことに抗議したところ、自分も解雇を通告された(正社員女性)
同書によると、こうした労働者の個人的事情を問題にした解雇のうち、最も件数が多かったのが労働者の「態度」を理由とするものでした。たとえば、業務命令の拒否です。
●トラック運転手。運行予定の日、専務に運行費の前借りを要求したが拒否されたので「なんで貸せないんだ。金がなければ行けない」と言ったら、専務は「あんたには貸せないよ。行かなくてもいいから荷物を下ろして帰りなさい。使えないものは捨てる。ぼろ雑巾と同じだ」と言われたので帰ったら、懲戒解雇された(正社員男性)
専務にここまでの言葉を言わせたということは、この運転手にはよからぬ前歴が既にあったのでしょう。
以下は、対照的に「それはそうなりますね」というケース。
●防塵マスクの不着用や禁煙場所での喫煙など上司の作業指示に従わず、本社や顧客からも苦言を呈されたため、解雇された(正社員男性)
仕事に向き合う態度も問題になります。
●店内で踵(かかと)を引きずって歩く、ホールで待機中テレビをボーッと眺めている、業務中音を立てて缶コーヒーの栓を開けて飲む、等の勤務態様を上司が注意したところ「チッ、うるせーなー」と反発し、「今舌打ちしましたよね」と言うと「それが何か」と開き直るので、解雇を通告(非正社員男性)

■居眠り、上司への反抗的な態度でも

次の2例はなぜこれだけのことで解雇なのか、と会社側の対応に疑問符がつきます。
●勤務中の睡眠を理由に派遣元から解雇されたが、居眠りしていた事実はない。あくびしたことに1回指導があっただけ。会社側によると、居眠りについては派遣先、他の派遣労働者、本人にも確認している。改善しようという意思がないので解雇した(派遣男性)
●出退勤をメールで連絡したため、社会人の常識に外れるとして解雇(非正規男性)
極め付きはこれでしょう。
●営業職で入社したが「すぐに売り上げ数字を上げよ」と所長に言われ、「会社の内容も分からないうちにすぐに売り上げを上げられない」と答えたら、翌日所長が「昨日の態度が反抗的だったから当営業所では要らない」と解雇を通告(試雇、男性)
この男性は入ったばかりで、「売り上げ数字を上げよ」という言葉が「君には期待しているよ」という意味なのに、それをくみ取れず、正直な感想を言ってしまったところに不幸があったと言えます。
職場でトラブルを起こしてしまうのも、解雇につながる「態度の悪さ」に含まれます。
●支配人とシフト配置転換の件で口論となり、打刻したタイムカードを支配人に投げつけたところ、支配人はその態度に怒って本人の右胸を突き飛ばし「俺にそんな態度をとる奴は首だ」と解雇通告した(非正規男性)

■勢いで「辞める」と言ってしまったがために

失礼ながら、まるでコントのような展開がこれです。
●レストランの店長代理。部下の女性が業務に協力的でなく、手が荒れるので洗い物をしたがらないので強制的にやらせたが、口をきかなくなった。その女性が従業員の昼食時間に食事をしないので「勝手なことをするならば、私はあなたを一緒に仕事ができない」と大声で叱った。
外に出ると、常務(料理長)が「どういうことか」と聞くので、訳を話したところ「人が足りないので彼女は辞めさせることはできない」と。それに対して「私はここでは仕事ができないので、私が辞めなければならない」と発言した。
その日の業務終了後、常務から「彼女を辞めさせることはできないので、あなたが辞めたいのならそうしてほしい」と。専務からは「職場の雰囲気が悪くなるので出てきてもらわなくてもいい」と言われ、売り言葉に買い言葉で「分かりました。お任せします」と言ってしまう。
その後、社長に「本心で言ったわけでない。復職させてほしい」と言ったところ「詫び状と誓約書を提出せよ」と言われたが、突然、会社から自己都合退職とする離職票が送られてきた(正社員男性)

■客とのトラブル、身内が事件を起こした……

大事な顧客とのトラブルや非行もまた“致命傷”になります。
●介護施設で、利用者に対してたたいたり「早く死んでしまえ」と怒鳴ったりするなどの虐待をしていることから、解雇予告手当を払って即日解雇した(正社員女性)
もちろん、組織のためを思っての行為であっても、犯罪まがいのこともNGです。
●店長。前店長から引き継いだやり方として、売上金の一部をプール(売上金除外)して、文房具等の代金の支払いに充てていた。その後、社長から売上金除外を注意され、さらに業務上横領を理由に即日解雇された。横領の意思はなく、売上金除外は前店長時代からあり、自分だけ処分を受けるのは納得できない(正社員女性)
頻繁な欠勤や休み、いじめやセクハラ、パワハラなども解雇の要因となるのは容易に想像がつきますが、以下のように、仕事とはまったく関係ない私生活上の行為をとらえて解雇されてしまった事例があります。前者は特に、濱口氏も指摘する「刑罰が親族にまで及ぶ」日本の会社ならではの特色といえるでしょう。
●本人の父が事件を起こしたことを理由に、自宅と職場が同じ市内にあり、何かあるといけないからと、マネジャーから解雇を言い渡された。いったん社長の配慮で取り消されたが、自宅待機を命じられ、次の勤務地についてマネジャーと話し合ったが、受け入れられなかった(非正規女性)
●同僚の元妻と同棲していることが発覚し、同僚との間で警察沙汰の騒ぎとなる。勤務の継続が事実上不可能となり、約2カ月先付けの解雇を告げられた。そのすぐ後に、勤務中、交通事故を起こし、車両を破損したため、その弁償を求められるとともに、解雇日を1カ月前倒しされた(正社員男性)

■トラブル解決には裁判よりも「あっせん」

『日本の雇用終了』の特徴は、民事訴訟ではなく、厚生労働省の地方組織である都道府県労働局を通じた「あっせん」の事例を紹介しているところにあります。
あっせんとは、紛争当事者たる企業と労働者の間に、弁護士、大学教授などの労働問題の専門家が入り、双方の主張を確かめ、調整し、話し合いを促進することによって、紛争の解決を図ることをいいます。裁判に比べ手続きが迅速かつ簡単であり、しかも無料で利用できるのが特徴です。手続きは非公開で、当事者のプライバシーは保護されます。

■「日本は解雇が厳しく制限されている」は大間違い

一方、裁判となると、その負担に耐えられるだけの資力を持った大企業やその社員でなければ、訴えの当事者になるのは難しく、しかもプライバシーは保護されません。そうした裁判に訴えてまでも、相手の主張を打ち負かしたいと双方が考えるくらいですから、それらは非常に特殊なケースと言ってもいいでしょう。
労働局によるあっせんの当事者は、圧倒的に中小企業とその労働者が多くなっています。その手続きは非公開で無料ですから、利用のハードルが低い。ただし、あっせんには裁判ほどの拘束力はなく、仮に労働者があっせんを申請しても企業側が拒否することもできますので、注意が必要です。
同書に掲載されている膨大な事例を見ていくと、最近よく言われている「日本では解雇が厳しく制限されている」「解雇規制の緩和で経営の自由度を高めるとともに、労働者側にとっても転職が活発になるような社会にすべきだ」といった論調が的を外れていることがよくわかります。
以上の事例のように、有休取得といった労働者に当然認められている権利を主張しただけで解雇されたり、仕事上のささいなミスが命取りになったり、実態はよくわからない「経営不振」というだけで、容易にクビにされているのが日本の雇用の現実です。
日本の会社のほとんどは中小企業です。そういう意味では、労働局に持ち込まれるあっせん事例は、裁判に比べて日本の標準的な労働紛争が多くを占めているのです。
今回は労働者の「行為」に着目した解雇事例を紹介してきました。次回は、労働者の「能力」に関わる事例を見ていきましょう。
----------
荻野 進介(おぎの・しんすけ)
文筆家
1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、PR会社を経て、リクルートにて人事雑誌『ワークス』の編集業務に携わる。2004年退社後、フリーランスとして活動。共著に『人事の成り立ち』『史上最大の決断』など。
----------
(文筆家 荻野 進介 写真=iStock.com)