日本企業による「食事補助」は欧州に比べると少ない(写真:Fast&Slow/PIXTA)
新生銀行が毎年6月に発表している「サラリーマンのお小遣い調査」は、日本のランチ事情を知るのにおもしろい資料です。最新の2019年版によると、1日の平均ランチ代は男性会社員が555円、女性会社員が581円(微減傾向)、お小遣い金額も減少傾向でバブル期最高額(7万7725円、1990年)の半額以下(3万6747円)、バブル前の1984年(5万800円)と比較しても約3割減のまま、という状況で、ランチ代およびお小遣い金額ともに低い水準にあることがわかります。
会社員のランチ代が低空飛行状態の一方で、原材料や人件費の上昇による外食産業の値上げが断続的に続いています。さらに2019年10月には消費税の増税が控えており、会社員の心情としては節約志向にならざるをえません。そこで頼りになるのが企業の福利厚生なわけですが、1日当たり企業が従業員に支払うことができる「食事補助」は1人当たり175円というのが現状です。

フランスでは食事補助は企業の「義務」

ランチといえば、私を含め一般的なフランス人にとって、1日の食事の中で一番楽しみな時間です。毎朝出社すると、まず「今日はどこでランチを食べようかな」と真剣に考えます。そしてランチタイムには同僚とともに歩いてレストランにでかけ、会話と食事を同時に楽しみ、また散歩しながら会社に戻るころには気分もすっきり、午後の仕事にとりかかることができます。
一方、日本ではデスクで仕事をしながら手早く済ませる人が多いですよね。また、30~40代の働き盛りでお昼ご飯を食べない人(昼食の欠食率)が6~7%という調査結果もあるそうです。確かに時間とお金の節約になりそうですが、少し気の毒に感じます。
日本とフランスの間でビジネスをしてきた私としては、フランス人の気持ちも日本人の気持ちもよくわかります。ですが、仮に会社による補助が増えれば、もっと多くの人が外に出てランチを食べるようになるかもしれません。
ご存じかもしれませんが、食事補助とは、主に従業員の福利厚生に関して使われる表現です。フランスでは、一定規模以上の企業に対し、従業員に就業時の食事の提供が義務づけられています。社員食堂の運営、オフィス周辺の飲食店を社員食堂代わりに利用可能にする食事券の支給、もしくは調理施設の提供、いずれかの対応が必要です。
また、従業員が企業から社員食堂、または食事券による食事補助を受ける際、従業員は主に所得税が非課税になり、企業は社会保険料などを抑制できる経済的メリットがあります。つまり、仕組みそのものが社会保障の一部として成り立っているのです。
一方、日本では食事補助は、従業員向けに企業が提供する福利厚生のなかで法定外福利厚生に分類されます。健康保険や雇用保険が法律で定められた(=法定)福利厚生であるのに対し、法定“外”福利厚生は、企業が独自に導入の是非を判断するもので、企業によって違いが出てくる部分です。食事補助は、法定外とはいえ一定の要件を満たすと、フランスと同じく従業員が企業から受け取る食事補助額が非課税扱いになるというメリットがあります。
日本で食事補助が非課税となる要件は以下の2つです:
(1) 企業の補助額が1カ月3500円以内であること
(2) 従業員が食事の価格の半分以上負担すること

35年間3500円のまま

この要件に沿うと、従業員が企業から支給される食事補助額(3500円分)が非課税扱いとなります。すなわち、企業の食事補助と従業員の負担額を合計して食事に使用できる最大の金額は1カ月7000円。月の労働日数を20日とすると、1日当たり350円です。2019年の日本において、ランチ1食350円。毎日この金額以内に抑えるのは難しいのではないでしょうか。
食事補助の非課税額はいつどのように決まったのでしょうか。日本で最初に食事手当が導入されたのは1975年で、当時の非課税額は月2500円でした。その後1984年に消費者物価指数の上昇にあわせて見直され、1000円増額の3500円に改正されました。つまりそれから35年間、3500円のままなのです。
消費者物価指数(総合)は1984年(83.6)から2018年(101.3)にかけて、ゆるやかとはいえ1.2倍に上昇(図1)しているので、トレンドにあわせると7000円の1.2倍、8400円(1日当たり420円)です。前述のお小遣い調査の1カ月1万1100円(男性会社員の平均昼食代555円×20日で試算)に届きませんが、自社の従業員が少しでも健康的な食事を取れるように企業側も考慮すべき時期に来ています。実際に社員間のコミュニケーション活性化や健康管理のために食事補助を検討する企業が増えてきています。
一方、同じ法定外福利厚生である通勤手当の非課税限度額はどうでしょうか。1998年に5万円から10万円に、2016年には10万円から15万円にと、過去20年間で3倍に拡大しています。在来線通勤費補助は94%が実質全額補助という調査結果もあります。通勤も食事も日々必要ですが、食事補助が30年以上3500円のままという現状と比べると大きな違いです(図2)。
フランスやベルギー、イタリアなど主なヨーロッパ諸国において、食事補助は法定福利厚生が基本です。「従業員の健康維持は企業の成長にかかわる先行投資」とみなされ、業界や企業規模の違いに関係なく、「食事補助はあってあたりまえの福利厚生」という共通認識を持っています。
フランスの食事補助の非課税限度額は月約1万3400円、ベルギーは約1万7300円、イタリアは約1万3200円という金額からも、補助の手厚さが伝わってきます(月の労働日数を20日として計算)(図3)。
1日当たり660円から870円ぐらいが非課税枠として企業から補助されたら、自己負担分とあわせて小鉢やサラダを追加したり、ちょっと豪華なランチにでかけたりすることもできそうです。実際、食事補助額が増えたことで、「昼食を毎日ちゃんと食べるようになった」「食事内容が改善された」という報告があります。
また、EU諸国では、食事補助が正しく効果的に使われるよう、国境を越えた食と健康のプロジェクトがいくつか展開されてきました。たとえば2009年に産官学が共同で立ち上げたコンソーシアム「FOOD(Fighting Obesity through Offer and Demand)」は、団体名にあるとおり需要と供給の好循環により予防的に肥満を減らすことを目的に活動しています。
現在EU10カ国が加盟するこのプログラムは、各種啓蒙ツールの提供はもちろん、食の提供側(レストラン)と享受側(従業員)の双方にバランスのよい食事を取ることの大切さを広める食育プログラムを展開し、健康的なメニューを提供するレストランの認定制度と検索サイトの公開、職場の食生活の改善調査の実施や成功事例の共有などの活動を通じ、需要と供給が回るしくみを構築・維持する努力が続けられています。
これは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs) 」とも連動していくことでしょう。SDGsは17の国際目標からなり、2016年から2030年までの集中期間にすべての人が個別多様性を保ちながらともに明るい未来を築くことを目指しており、先進国こそ取り組むべき普遍的な目標が含まれています。

日本では企業規模や地域によって「格差」

ここまで日本とヨーロッパの食事補助の現状を見てきましたが、日本での食事補助については、大企業と中小企業で導入率が大きく違います。大企業や製造業の大型工場などには社員食堂があるのに対し、中小企業では食事補助のみならず福利厚生全般のメニューが少ないのです。大企業でも小さな拠点では社員食堂がない場合もあります。
つまり規模や地域によって格差が激しい場合、ヨーロッパに比べてさらに不公平感が出てしまいます。不利な側の従業員は、「しかたない」とあきらめているかもしれません。隣の芝生ならぬ隣の職場がうらやましくもなるでしょう。
企業は今、バブル期をしのぐ人材不足に悩んでいます。特に中小企業の雇用対策が深刻です。そのうえ2020年(中小企業は2021年)4月1日に施行される同一労働同一賃金に向けて給与規定等の見直しや毎年の給与改定の際に大幅な給与増額が難しい。少ない人数で労働生産性を高めるには、企業側が意識的に目の前の人材を十分にケアし、最高のコンディションで気分よく働いてもらうのが一番の近道です。
良質な食事や休息は日々の労働生産性のみならず、健康寿命にも影響します。フランス人としては、何より仕事中の食事をもっと大事にしてほしいと思いますし、世界中から観光客が来て味わっている日本のレストランの食事を、日本人こそおおいに楽しみましょうと言いたいです。
おいしくて楽しいランチタイムを仲間と過ごした社員が仕事で成果を出し、そして企業の業績が上がれば、レストランも企業も従業員も、めぐりめぐって全員がSDGsの達成に大きく貢献することでしょう。