PayPay祭りが日本を騒がしている。
 12月4日、QRコード決済サービス「PayPay」のキャッシュバックキャンペーンが始まった。物を買うと、利用金額の20%がポイントバックされるというお得すぎるキャンペーンが話題に。高額製品をお得に買おうとビックカメラで長蛇の列ができたほか、決済殺到により一部でサービスがダウンするなど、喜びの声と混乱が入り乱れるカオスな“祭り”が続いている。
 いったいこの騒ぎはなんなのか? PayPayは何を目指しているのだろうか?

なぜキャッシュレス決済が必要なのか

 最近、コンビニの店頭に行くと、うんざりするような図が掲げられている。使える決済サービスの一覧、というやつである。よくもまあ、これほどの種類を集めたもんだとビックリするほどの種類が並んでいる。
 新たなサービスが続々と生まれているのは、日本の決済システムが曲がり角を迎えているためだ。野村総合研究所の報告書「キャッシュレス化推進に向けた国内外の現状認識」によると、日本のキャッシュレス決済比率は約20%と先進国では最低水準だ。50%前後の欧米、60%の中国には大きく見劣りする。現金で十分という人も多いだろうが、一般人はよろしくとも、社会はそうではない。

コンビニで使用可能な決済サービスは多種多様になっている
「ATM網の維持や店舗の精算」に関するコストはバカにならず、労働力が減り続ける日本で生産性をあげるためにはキャッシュレスによる設備縮小や自動化は待ったなしだ。また、さまざまなインターネットサービスと提携し、顧客の詳細な情報をとることでマーケティングの精度をあげるという、世界的なフィンテック革命に乗り遅れないためにも、キャッシュレスは不可欠だ。
 安倍政権が消費税増税対策として、「キャッシュレス決済のみを対象としたポイントバック」という不思議な景気対策を検討しているのも、このまま現金にしがみついていれば、日本は出遅れるという危機感があるからにほかならない。
「現金で困っていないのですが……」という一般市民の困惑をよそに、社会の要請と政府の後押しによって、日本の決済は大変革の時を迎えている。次世代のスタンダードを狙って多くのサービスが登場する中、前述のコンビニの図のような奇っ怪な状況が生まれているのだ。
 新たな決済サービスが林立する中、圧倒的物量でトップを目指しているのがソフトバンクグループとヤフージャパンが共同で設立したPayPayだ。

40回に1回、支払いがタダになる

「100億円あげちゃうキャンペーン」
 11月22日に発表されたPayPayのユーザー獲得キャンペーンである。
・お金を支払うたびに20%がポイントバックされる。
・抽選で40回に1回は支払いがタダになる。
 というニンジンをぶらさげて、ユーザー獲得を狙っている。このキャンペーンは還元金額が100億円に達するまで続けられるという(達しなかった場合でも3月末に終了)。
「PayPayで10万円が当たった」というユーザーのツイート

クリーニング屋、インド料理屋にもPayPayが

 さらに導入店舗向けのキャンペーンもあり、加盟した先着30万店舗に限り、決済金額の1%をキャッシュバックする(来年1月末までの期間限定)。消費者が1万円支払うと、お店には1万100円が支払われるわけだ。当初3年間は決済手数料が無料のため、店側にとっては純粋に売り上げが1%増えることになる。
 世界的な投資会社のソフトバンクグループ、日本一のポータルサイトであるヤフージャパンという巨大企業がバックについているPayPayならではの大盤ぶるまいだ。
 さらにソフトバンクグループの誇る営業部隊がローラー作戦を展開。個人経営店をも丁寧に巡回する営業活動にもリソースを注いでいるため、思わぬところで導入が進んでいる。例えば、東京都江戸川区にある筆者の自宅周辺では、クリーニング店、ラーメン店、ネパール人経営のインド料理店と、今までキャッシュレスとは無縁だった個人経営店で利用可能だ。

PayPayは孫、アリペイが父?

 圧倒的物量で攻めるPayPayの戦略だが、実は中国を模倣したものだ。
 PayPayのシステム開発はインドのQRコード決済サービス「Paytm」の協力を得ている。そのPaytmに技術協力をしているのが中国アリババグループのアリペイだ。アリペイが父、Paytmが子、PayPayが孫という関係だろうか。アプリのデザインまでよく似ている。
 中国流を受け継いだのはシステムだけではない。ビジネス戦略までも中国式だ。そもそもなぜ中国ではQRコード決済が普及したのだろうか。「決済関連法規の規制緩和」「QRコードは初期費用が安く、個人店舗ですら容易に導入が可能」といった理由もあるが、最大の要因は「利用習慣を養うための巨額キャンペーン」だ。
 人間とは保守的なもの。長く続けた現金払いという習慣を変えるのは面倒くさい。それでも無理矢理新しい決済を普及させるにはどうするべきか。圧倒的なお得感で攻めるしかない。ではどのようなキャンペーンが行われたのか。いくつか事例をあげよう。

ジャック・マーが繰り出した「国民お年玉」

 2015年2月18日、旧暦大みそかにあたるこの日、アリババグループの創業者である馬雲(ジャック・マー)が繰り出したのが国民お年玉。なんとアリペイユーザーに99万9999件のお年玉を配るというものだ。中身は日本円にして約0.1円から8万円前後までばらばら。もらった金額によって、運が良かった悪かったとその後もネタにできるのが楽しく、大きなインパクトを残した。
 同じく2015年の旧正月にアリペイのライバルであるウィーチャットペイが展開した旧正月キャンペーンが「テレビお年玉」。中国版紅白歌合戦と呼ばれる人気番組「春晩」とのタイアップ企画で、テレビに合図が出たタイミングで、ウィーチャットペイを開いたスマートフォンをシェイクすると、お年玉がもらえるという仕組みだ。なんと1分間のべ8億1000万回ものシェイクがあったという。
 こういう巨大キャンペーン以外にも、「1週間連続使用でキャッシュバック」「**の新商品でキャッシュバック」「新機能を使うとキャッシュバック」と、細かいキャンペーンも繰り返されている。昨年には海外での利用促進に「対象店舗の支払い額を全額キャッシュバック」というキャンペーンもあり、秋葉原のファーストフード店で、中国人がいきなり大行列を作ったこともあった。

アリペイのばらまきは1000億円?

 事業者向けのキャンペーンも強力だ。アリペイは春雨計画という事業者支援計画を発表。PayPayの事業者向け1%還元とよく似たキャンペーンで、加盟店舗や代理店に対し、決済金額に応じてお金を支給するという仕組みだ。2016年からの3年間で10億元(約165億円)をばらまくと発表されている。
 ユーザー向け、事業者向けのキャンペーンで投じた金額は合計いくらになるのか、アリペイは発表していないが、その金額は数百億円、あるいは1000億円を超えると、ある中国決済企業の専門家は推測している。
 中国語では赤字必至のユーザー獲得キャンペーンを「焼銭大戦」と呼ぶ。PayPayの100億円はすさまじい金額ではあるが、中国流を貫くPayPayは今後も次々と焼銭キャンペーンをくり広げるのではないか。LINE、楽天、ドコモなどの競合他社も対抗して焼銭を始めるのか。QRコード決済戦争の熱い戦いはまだ始まったばかりだ。